第94章 聖なる夜の願い事
その日の夜、やはり信長様のお帰りは遅くなり、月が傾きかけた頃、ようやく天主へと戻られたのだった。
「お帰りなさいませ、信長様。遅くまでお疲れ様でした」
「っ…朱里、起きておったのか。先に休んでおれと言うたのに…困った奴だ」
駆け寄る私に呆れたような口調で言いながらも、ふわりと優しげに微笑んでくれる。
その笑顔に見惚れながらも、どことなく疲れた様子を見せる信長のことが心配になる。
「信長様、大丈夫ですか?お疲れのようですが…」
「ん…大事ない。一日であれもこれもと、少し欲張り過ぎたわ。予想以上に時間がかかってな。遅くなって悪かった」
「そんな…私は好きでお待ちしていたんですから……お顔が見たくて…」
「っ……貴様はまた……」
「え?っ…あっ…」
グイッと腕を引かれ、そのまま逞しい腕の中に抱き竦められる。
湯上がりの火照った身体の熱が、夜着越しにも伝わってきて、身も心もじんわりと暖まっていくようだった。
「んっ…信長さま?」
「貴様の身体は随分と冷えておる。湯浴みからかなり経っておるのだろう?すっかり湯冷めさせてしまったな」
「ふふ…大丈夫ですよ」
「そうはいかん。俺を待っていて冷えてしまったのだから、俺が責任を持って暖めてやろう」
そう言うと、信長様は私を抱き上げて寝所へと歩き出す。
「あっ…や、待って下さい」
「嫌だ」
(嫌だ…って、そんな風に言うの、ズルい…)
子供が我が儘を言うみたいな可愛らしい言い様に、胸がきゅんっとなる。
寝台の上にそっと下ろされて、覆い被さるようにして抱き締められる。
甘やかな抱擁は、求められているようで嬉しくはあるけれど……
「やっ…ダメですよ、今宵はもう…時間も遅いですし、信長様、お疲れなのでしょう?今宵はダメ、ゆっくり休んで下さい」
「くっ……」
昨夜も何度も愛し合い、微睡んだのは僅かな時間だった。今朝も早朝より城を出られていて、ほとんど休んでおられないはずだ。
信長様に愛されるのは嬉しいけれど、お身体が心配だった。
自分から休むことをなさらない御方だから、知らず知らずのうちに疲れが溜まっているのではないかと案じてしまう。