第93章 緋色の恋情

「これは…長々と申し訳ございませんでした。さぁさぁ、召し上がってみて下さいませ。これは、揚げたてもいいですが、油をきって少し置いたものの方が味が馴染んで一段と美味しいのですよ」

(そうなんだ…揚げ物って、揚げたてが一番なのかと思ってたけど)

「じゃあ、いただきますっ！」

箸でそおっと掴み、口元に運ぶと、衣からほんのり甘い砂糖の匂いがした。
小さめに齧ると、カリッと軽い歯応えがして、口の中で噛むとサクサクと良い音がする。

口内に砂糖の甘みと油が広がり、胡麻の良い香りが鼻に抜ける。

葉のアクや葉脈を丁寧に取り除いてあるせいか、苦味もなく、ガシガシした歯触りも感じない。
甘い衣とほんのり残った塩気が合わさったのが抜群で、カリッとした口触りとも相まって、料理というよりは菓子のような感じだった。

「うわぁ…すごく美味しいですっ！甘くてカリカリしてて、なんていうか…『かりんとう』みたい！」


南蛮菓子の『かりんとう』

粉と砂糖などを練って成型し、油で揚げた西洋の揚げ菓子で、甘くて香ばしい。

南蛮菓子は、信長様がお好きということもあり、商人達からしばしば献上されていて、私も結華も大好きだった。

「ね？信長様、甘くてカリカリしてて…かりんとうみたいな味じゃないですか？」

「言われてみれば、そうだな。甘くて香ばしくて…クセになる味だ。いくつでも食べられる」

言いながら次々に箸が伸びている信長様を可愛いなと思う。
今日は秀吉さんがいないから、甘いものも好きなだけ食べられるのだ。

(秀吉さんがいたら『砂糖と油の摂り過ぎはお身体に悪い』とか何とか言って止められてただろうな。食べ過ぎは良くないけど…たまには気兼ねせず、好きなものを好きなだけ食べてもらいたいな)


一見、俺様で傍若無人に振る舞っているように見える信長様は、実は人一倍気遣いをなさる人なのだ。
他人がどう思うか、どんな風に感じるか予め考えて動く人だから、知らず知らずのうちに気疲れも溜まるだろうと思う。

(信長様は私に、この旅で『息抜きをしろ』と仰ったけど…私は、信長様にも同じようにゆっくり休暇を楽しんで欲しい。
たった数日でも、家族だけの時間を過ごすことで、貴方の気が休まれば……私はそれで充分なのです、信長様…)