第93章 緋色の恋情
皿の上の揚げ物は、どう見ても紅葉の葉の形をしている。
(何これ!?本当に葉っぱ?)
「これは『もみじの天ぷら』でございます。この辺りの名物なのですよ」
宿のご主人はニコニコしながら説明してくれる。
「もみじの天ぷらって…本物の葉っぱを揚げているんですか??」
葉っぱが食べられるなんて思ってもみなかったので、信じられない思いで聞き返す。
「はい、本物の葉っぱです。これは『一行寺楓』という木の、黄色い葉を選んで収穫したものを揚げてあります」
なるほど…さすがに落ち葉を食べるわけではないらしい。
「真っ赤な葉は見る分には美しいですが、揚げると色濃くなってしまっていけません。ですから、黄色の葉だけを選ぶのです。収穫した葉はよく水洗いして汚れや埃などを落として綺麗にしてからアクを抜きます。それを一年間塩漬けにします。
塩漬けにしていた葉は、揚げる前に水洗いして余分な塩分を抜き、衣を付けて油で揚げるのです。
天ぷらの衣は、粉と砂糖と胡麻を混ぜて作っています。
信長様が砂糖を融通して下さるようになって、衣に砂糖を入れるようになってから随分と味が上がったと評判なのですよ!」
宿の主人は信長に頭を下げながら、嬉しそうに説明する。
「……何事も甘い方が美味いからな」
「ふふ…信長様ったら。でも、随分と手間がかかるのですね。ただ葉っぱを揚げただけのものかと思いました」
一年間塩漬けにするということは、目の前のこれはちょうど一年前の紅葉ということになる。
「そもそもは葉っぱを油で揚げただけのものだったそうですよ。紅葉の天ぷらの由来は八百年程前に遡ります。箕面の山には古くから修験道場があり、そこで修行をしていた行者が滝に映えた紅葉の美しさに感銘を受け、葉を灯明の油で揚げて修験道場を訪れる旅人に提供していたのが始まりだそうでございます」
「まぁ…そんなに古くから作られているものなんですね!」
随分と長い歴史がある名物のようだ。
これは俄然興味が湧いてきた…早く食べてみたい!
「くくっ…朱里、説明はもういいから早く食べたい、と顔に書いてあるぞ?」
「ええっ…嘘っ、やだ…」
慌てて頬を押さえる私を見て、信長様は可笑しそうに声を上げて笑う。