第93章 緋色の恋情
私達が湯浴みを終えて部屋へ戻ると、交代に信長様が吉法師を連れて露天風呂へと向かわれた。
信長様はいつも、さり気なく子供達のお世話をしてくれる。
お城でも吉法師の沐浴は信長様がして下さっているが、せっかくの露天風呂なのだ、赤子が一緒ではゆっくり寛げないだろう。
「結華、ちょっと一人で待っててくれる?母様、吉法師の沐浴のお手伝いをしてくるから」
「はい、母上っ!」
元気いっぱいの返事を微笑ましく思いながら、湯殿へ向かう。
吉法師が産まれて、結華は急に大人びて頼もしくなった。
「………信長様?」
「っ…朱里っ!?どうした?」
吉法師を腕に抱いて湯船に浸かっていた信長は、湯煙に辺りがくゆる中、思いがけず声をかけられて驚いた。
「あの、吉法師のこと、預かります。温泉、ゆっくり楽しんで下さい…これも、よかったらどうぞ」
そう言うと、朱里は少し恥ずかしそうにしながらも岩風呂のふちに近付いて、その場にしゃがみこんだ。
手には、徳利と盃が乗った盆を持っていた。
「それは酒か…どうしたのだ?」
「宿の方にお願いして用意していただきました。あの…やっぱりまだお飲みになりませんか?」
おずおずと朱里が差し出す盆を、何事か思案するように眺めていた信長だったが、やがてふわりと柔らかく微笑む。
「いや、貰おう」
朱里が吉法師を抱き取っておくるみに包んでいるのを見ながら、信長は盃に手酌で酒を注ぐ。
控えめに注いだ酒をクイっと呷ると、程よい温度の燗酒が喉をするりと通り、胃の腑へと落ちていく。
「あぁ…美味いな」
自然と口元が緩んだ信長を見て、朱里は嬉しくなる。
日頃忙しく気を張っている信長に、少しでもゆっくり寛いでもらいたかった。
続けて二杯目に手を伸ばす信長を見て、ほっと息を吐くと、
「私は先に部屋に戻りますね。吉法師を湯冷めさせてはいけませんから…信長様はゆっくりなさって下さいね」
「朱里っ…」
ーパシャッ!
吉法師を抱いて立ち上がろうとした私へ、湯船の湯のパシャリと揺れる音とともに信長様の手が伸びる。
「えっ…?あっ…!」
突然のことに驚く私の手を、信長様の手が捕らえて……チュッという可愛い音とともに手の甲に唇が触れた。
「の、信長さまっ…な、何をっ…?」