第93章 緋色の恋情
「はぁぁ………」
立ち上る湯気の中、湯船に浸かりながら私は大きく手足を伸ばす。
広い露天風呂は、結華と二人で入っても随分と余裕があった。
静かな中に、パシャっと湯が跳ねる音が大きく響く。
(ふあぁぁ…気持ちいいな)
少し熱めの湯の温度は、身体の芯までじんわり暖まる。
逆に、ひんやりとした秋の澄んだ空気は頬を冷やし、頭の芯まですっきりとさせる。
(んっ…露天風呂っていいな。いつまででも入っていられそう。ここ、広いし、家族で入っても充分すぎるかも)
辺りはすっかり暗くなり、見上げれば夜空には細い三日月が浮かんでいた。
岩風呂の周りに置かれた行灯の灯りに照らされて、暗い夜空に紅葉の赤が柔らかく滲んでいる。
(静かだな。こんな時間、久しぶりかも…)
城の中はいつも大勢の人がいて、皆が忙しく立ち働いている。
大坂城下もまた、人や物の往来が盛んで賑やかな声が絶えないところだ。
それらはとても活気に満ちていて、見ているこちらをも元気にしてくれるのだけれど……このような静かな時間を過ごせる贅沢を久しく忘れていた気がするのだった。
此度の旅は、供の者も最小限の人数で、信長様は秀吉さん達にも同行を許されなかった。
結華や吉法師に何かあってはと、秀吉さんは最後まで渋い顔をしていたが、信長様は『家族水入らずの旅』をと、望まれたのだった。
帯解きを終えて、結華が一つ大人に近づいたことを実感して、嬉しい反面、少し寂しくもあった。
気が早いと呆れられるかもしれないが、子らがいずれ自分達の手を離れていくのだと思うと、小さな子らと過ごす今この瞬間が、ひどくかけがえのない大切なものに思えてくるのだった。
だから、この機に子供達と旅ができたことは、この上なくありがたいことだと思っていた。
私の心と身体を気遣い、子供達をいつも暖かく見守ってくれる信長様の優しさには感謝しかない。
(信長様…貴方に出逢って愛されて…貴方の子の母になれて…私は本当に幸せです。貴方も同じ気持ちでいて下さるかしら……)