第93章 緋色の恋情
それからしばらく滝と紅葉を堪能し、心身ともに安らかな心地になれた私は、『そろそろ今宵の宿へ向かおう』と言う信長様の言葉を聞いて、滝に向かってもう一度深く深呼吸した。
「はぁ〜。滝って本当に心が洗われますねぇ…神秘的とでも言うのかなぁ、何だろう?何か不思議な空気でも出てるみたいな感じというか…」
「ふっ…また訳の分からぬことを言いおって…まぁ、あながち間違ってはおらんかもな。この箕面の滝は、古より修験道の滝としても名高い。古くは役行者が修行をした地であるとも言われておるのだ」
「そうなのですか…信長様は、この辺りのこともよくご存知なのですね」
信長様は、視察の際もその土地の者から気さくに話を聞かれる。
最初は信長様のことを恐れて近付こうとしない者も多いが、ひとたび言葉を交わせば皆、信長様の魅力に気付いてくれる。
私も視察に同行して、民達と親しく話をされる信長様を何度も見てきた。
民達に向けられる信長様の目は、常に優しい。
それがきっと信長様の本質なのだと思う。
「朱里、そろそろ行くぞ。陽が落ちる前には宿に着かねばならん」
「はいっ!」
見れば、陽は西に少し傾きつつあった。
紅葉の赤が陽の光に照らされて、より色鮮やかな色彩を放っている様はいつまでも見ていたいと思えるほどに美しく、無性に心が惹きつけられる。
秋の日暮れは早い。童心に帰って結華と落ち葉拾いに興じているうちに、いつの間にか随分と時間が経っていたようだ。
輿に乗る前にと、今一度名残惜しげに滝の方を振り返ってその景色を目に焼き付けようとする私を、信長様は口元に穏やかな笑みを浮かべながら黙って待っていてくれた。