第93章 緋色の恋情
「信長様……先に休んで下さいね?お疲れでしょう?」
今日は昼過ぎに堺を出立し、帰城してからも溜まった政務の処理に追われて休みなく動いておられた。
赤子に振り回されてゆっくり休んでいただけないのは、申し訳なかった。
「俺は構わん」
「でも……」
「吉法師は、俺と貴様、二人の子だ。貴様一人に世話を押し付けるような薄情な真似はせん」
「信長様……」
優しい言葉にグッと胸が締めつけられる。信長様の気遣いが嬉しかった。
腕の中の吉法師はもう泣いてはいなかったが、可愛い目をぱっちり開いて私を見ていた。
(これは…なかなか手強そう。全然寝そうにない…)
「………寂しい思いをさせちゃったからかなぁ…」
「ん?」
「今日は日中もぐずることが多くて、寝てもすぐ起きちゃってたんですよね。私が吉法師に寂しい思いをさせたから…」
「たかが一日程度離れていただけだろう?吉法師はまだ赤子ぞ?分かっておらんだろう。貴様がそれほど気に病むことでもないと思うが…」
「でも……」
「貴様は、堺へ行ったことを後悔しているのか?俺に逢いに来たことを…」
「いいえっ、そんなことっ…でも、吉法師を置いていくなんて、母として心無いことをしてしまいました。それは…後悔しています」
「だが、産まれて僅かひと月の赤子を連れてくることなど出来ぬ道理だ。仕方あるまい。俺は…貴様が逢いに来てくれて……嬉しかった」
「信長様っ…」
「吉法師は二人目で手も掛からぬ子ゆえ、貴様は割と気楽に構えているものだとばかり思っていたが…そうではなかったのだな」
「何人目でも、貴方の大切な御子ですから…気楽に、などとはやはり思えません」
曖昧に微笑みながら腕の中の吉法師をあやす朱里を黙って見ていた信長だったが、やがて何事か思案するような顔になる。
「少し、息抜きしてはどうだ?」
「………え?」
「ちょうど気候も良い時期だ。山々の木々も秋らしく色づいて見頃だろう。温泉にでも行ってゆっくりするか?」
「!?」
(温泉…紅葉狩り…?)
信長の口から、予想もしていなかったことが告げられたことに驚きを隠せない。
「たまには外でゆっくり湯に浸かって身体を休めればよい」
「それは、ありがたいお話ですけど…」
(吉法師や結華を置いて、私だけ温泉でゆっくりなんて出来ないよ)