第93章 緋色の恋情
その日の夜
「眠ったか?」
腕を枕に寝台の上に身を横たえていた信長は、吉法師をそっと寝台の上に寝かせて、ほぅっと息を吐いた朱里に小さく声をかけた。
「……はい、ようやく、です」
朱里もまた、囁くような小さな声で答える。
寝付いたばかりの我が子を起こしてしまわぬように……
いつもなら沐浴の後、乳を飲ませるとあっという間に眠ってしまう吉法師が、今宵は何故か、なかなか寝付いてくれなかった。
乳を飲んで満足した後も、目を爛々と輝かせてキャッキャッと楽しげな声を上げるのを、抱っこでゆらゆらと揺らしながら寝所の中を歩き回り…ようやく寝付いたのだった。
その間、信長は文句も言わず、黙って見守ってくれていた。
今宵もまた酒を飲まずにいる信長を、無理をしているのではないかと朱里は少し案じていた。
「信長様…あの、今宵もまた、御酒を召し上がらずとも宜しかったのですか?」
「ん?」
「信長様は『けじめ』だと仰いましたけど…このままずっと御酒を断たれるおつもりでは…ないですよね?」
「あぁ…まぁ、それはそうだが…元々、人前では飲み過ぎぬよう加減をしていたのだが…あの夜は自分でも少々タガが外れていたようだ。まぁ、だからといって今後一切飲まぬ、とまで言うつもりはないがな…」
「そうですか…」
「何だ?そのような憂い顔をして…」
「ん…飲むの、我慢してらっしゃるんじゃないかと心配だったので。それに私、信長様が御酒を飲んでおられるところを見るのが…好きなんです。だから、無理してほしくなくて……
あっ、でも、記憶をなくされるのは嫌ですよ?」
「っ……貴様っ…」
(こやつ…また愛らしいことばかり言いおって。好きだ、などと…そんな面と向かってはっきりと…照れるではないかっ…)
閨で交わす甘い響きとは違う『好き』という言葉に、らしくもなく過剰に反応してしまい、信長は顔にさっと熱が上るのを抑えられなかった。
「…信長様?どうかなさいました?…っあっ…んっ」
顔を覗き込まれそうになって、思わず朱里の頭を引き寄せた信長はそのまま唇を重ねる。
照れ隠しのように少し強引に重ねた口付けは、不器用でいつもの信長らしくなかった。