第93章 緋色の恋情
「……さま…奥方様…」
廊下で立ち止まったままぼんやりと庭を見ていた私は、呼びかける声にハッとする。
「っ…あっ、千鶴っ…?吉法師っ…」
見れば、吉法師を大事そうに腕に抱いた千鶴が立っていた。
思わず駆け寄って、その腕の中を覗き込むと、吉法師は起きていて小さな手足をパタパタしている。
「あーあーあぅ…」
可愛らしい声とともに、紅葉の葉っぱのような小さな手が伸ばされるのを、指先でそっと包む。
「吉法師っ…ごめんね、一人にして…」
我が子の可愛らしい姿を目の当たりにして、急に罪悪感に苛まれる。一日ぐらい大丈夫だろうとタカを括って乳飲み子を置いていくなど、やはり母としては良い行いではなかったかもしれない。
「奥方様、お帰りなさいませ。お留守の間、吉法師様も結華様も特にお変わりなくお過ごしでしたよ」
ニッコリ笑って報告してくれる千鶴にも、ひどく申し訳ない気持ちだった。
「千鶴っ…ごめんなさい。貴女には色々と面倒をかけてしまって」
「え?いえいえ、そんな…畏れ多いです。結華様も姉上様らしく何かとお世話を手伝って下さいましたので、困り事などもございませんでした。吉法師様は良い子でお過ごしでしたが…ふふ、やっぱり母上様の方が良いようですね」
千鶴の腕の中から私の方へ一生懸命に小さな手を伸ばそうとする吉法師を見て、千鶴は柔らかく微笑む。
「あっ…吉法師っ…?」
無意識のまま、吉法師に向かって腕を伸ばしていた。
その小さな身体を抱き取って腕の中に納めると、吉法師はキャッキャッと楽しげな声を上げて私を見つめてくる。
それは、一点の曇りなく純粋で眩いばかりの笑顔であり…私はひどく胸を打たれる心地だった。
やはりこの子の傍をひと時でも離れるべきではなかったと、後悔に苛まれる思いで、腕の中の吉法師をぎゅっと抱き締める。
「あーっ…あっ…あっ…」
「吉法師っ…」
乳の匂いがする柔らかな頬に顔を擦り寄せると、吉法師はむずがって声を上げるが、私は構わずに抱き締め続けた。