第93章 緋色の恋情
帰城後すぐに政務のため執務室へ向かわれた信長様と別れ、私は自室へと足を向ける。
何気なく廊下を歩いていると、廊下に面した庭から、さぁーっと風が吹き抜ける。
秋らしい、少し肌寒く乾いた風が髪を揺らし、私は何気なく庭の方へと目を向けた。
(あぁ…もう秋色なんだ…)
いつの間にか、庭の木々が秋色に色付いている。
紅葉や銀杏、赤や黄色に色付いた葉が陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
ざあっと吹き抜ける風に揺らされて、葉がカサカサと乾いた音を立てる。
堺へ行く道中でも、稲刈りが終わった田と秋色に色付く山々が美しく目を奪われたが、城の中にも秋はゆっくりと訪れているようだった。
日中は暖かい日も多いが、近頃、朝晩は急に冷えるようになった。
寒暖の差が激しいと、木々の色付きも進む。
見上げれば雲一つない秋晴れの空に映える紅葉に目を奪われて思わず足を止めた私は、そのまま暫くの間、庭の美しさに見惚れていた。
(綺麗っ…季節の移ろいはあっという間だから…明日にはもう、この景色は違うものになっているかもしれないのよね。今のこの美しい瞬間を信長様と一緒に見たいな)
堺で二人きりの時間を堪能して、ほんの一日ほどだったけど信長様を独り占めできて、身も心も満たされた。
それなのに、たった今別れたばかりで、もう一緒の時を過ごしたくなってしまってる。
(私、なんて欲張りなんだろう。信長様のことになると、際限なく欲深くなってしまう…)
『一緒に紅葉狩りに行きたい』なんて…言い出しにくい。
信長様はきっとお忙しいだろうし、秀吉さん達にも心配かけたばかりで、紅葉狩りなんて、そんな呑気なことをお願いするのはさすがに気が引けた。
けれども、美しい秋の風景に心を奪われた私は、視線は庭の木々に向けながらも、心はどこか遠く色付く山々に向かっていたのだった。