第93章 緋色の恋情
信長様と一緒に堺から戻った私を、秀吉さんは怒ったような困ったような複雑な表情で出迎えてくれた。
「秀吉さん、あの、そのぅ…ごめんなさい、勝手なことして…」
「朱里…っ…心配したぞ、ほんとに。お前…一人で堺へ行くなんて…ほんと、何て大胆なことするんだ!」
「ご、ごめんっ…」
「お前にもしものことがあったらって…っ…ほんと、心配したんだからな…」
「秀吉さん…」
ぎゅっと拳を握り締めて俯く秀吉さんを見て、ひどく心配をかけてしまったのだと今更ながらに胸が苦しくなる。
信長様に逢いたい一心で大胆なことをしてしまったけど、私はもっと自分の立場や周りの大切な人達のことを考えるべきだったのかもしれない。
「ごめん…ごめんなさい、秀吉さん」
「朱里……」
「それぐらいにしておけ、秀吉。貴様の説教は長い。留守中、変わりはなかったか?」
留守中の城内の様子を鷹揚に尋ねながら、信長は執務室へと続く廊下をさっさと進んでいく。
「は、はい。皆、変わりなく…結華様も吉法師様も、お健やかにお過ごしでした」
信長の後を慌てて追いながら、秀吉は留守中の報告を始める。
元来せっかちな信長に、歩きながらの報告は当たり前で、聞いたそばから次々に的確な指示を出していくから、秀吉は聞き逃さぬよう注意を払いながら後に続く。
(もう少し朱里と話をしたかったが…御館様に上手くはぐらかされた感じだな)
だが、御館様が堺へ行かれる前の、お二人のどこかギクシャクした気まずい雰囲気がなくなっている。
元どおりの仲睦まじさが戻った二人の様子に、秀吉はほっと胸を撫で下ろす。
(朱里の置き手紙を見た時は目の前が真っ暗になって生きた心地がしなかったが、本当に何事もなくてよかった。
上手く仲直りも…できたのか?
御館様を追いかけて一人で堺へ行くなんて…朱里にあんな大胆な一面があるなんて思わなかった。
何年経っても俺にとっては大事な妹みたいな存在で、守ってやらねばと思っていたのに。
御館様も驚かれただろうが、好きな女にそんな健気なことされちまったら、男は堪らないよな…)
前を行く信長の足取りは軽く、纏う雰囲気も穏やかなものになっていた。
敬愛する主君のその広い背中を頼もしく思いながら、秀吉は遅れを取らぬように足を早めた。