第92章 帯解き
「くっ…たった一人で来るなど…何を考えておる?危ない目に遭ったらどうする!?いつ刺客に襲われるとも限らぬというのに…貴様という奴は本当に、何という無茶をするのだ!」
厳しく叱責の言葉を連ねながらも、信長様は苦渋に満ちた苦しそうな口調で言う。
「ごめんなさい…」
「何故、こちらに着いた後すぐに知らせなかった?こんな時間まで一人で待って…心細かったであろう?」
「っ…お仕事の邪魔を、してはいけないと思って…」
知らせたら、信長様は酒宴を中断して戻って来られるかもしれない。ひどい自惚れかもしれないけど、そんな風に思ってしまったから…知らせることなど出来なかった。
「阿呆が…余計な気を回しおって…」
「ごめんなさい……」
会話をしながらも、私を抱き締める信長様の腕は緩まない。
逞しい胸元にすっぽりと抱き竦められて、信長様の心の臓の音を聞きながら深く息を吸うと、伽羅の香の良い匂いがした。
(今宵の信長様はお酒の匂いが全くしない…夜も更けたこの時間まで酒宴が続いていたというのに……)
「信長様…お疲れでしょう?お話はまた明日に、してもいいですか?」
「ん…いや、疲れてはおらん。今宵は飲んでもいないしな」
「………え?」
(酒宴なのに飲んでない……?)
虚をつかれて不思議そうな顔になった私に、信長様はバツが悪そうに顔を背ける。
「……酒は、控えている」
「………………」
(っ……それって…)
「大事の折に酒で記憶を飛ばすような無様な真似は、二度とせん」
「信長様……」
私を抱き締めたまま拗ねたように顔を背ける信長様が可愛くて、その背中に腕を回してぎゅっと抱きついた。
「朱里っ…?」
「……ごめんなさい。私のせいで気を遣わせてしまって。私が…責めたから」
「いや、そうではない。貴様のせいなどではなく、これは俺のけじめだ」
「信長様…」
「だが…こうして俺を追いかけて堺まで来てくれたということは…もう怒っておらんのか?」
ニッと口の端を上げて笑いながら冗談めかして言う。
「はい…大人げなく拗ねたりしてごめんなさい」
「謝らずともよい………俺も、悪かった」
ボソッと呟くような小さな声で『悪かった』という信長を見て、朱里はきゅうっと胸が締め付けられる。