第92章 帯解き
翌日の昼前、私は一人、馬上にあった。
向かう先は堺、信長様のいらっしゃるところ。
昨日の夜、眠れぬままに考え続けた。
私は…どうしたいのだろう、と。
素直になれなくてすれ違ってしまった。
思いは言葉にしないと伝わらないのに、私はそれをしなかったのだ。
このままお城で待っていれば、信長様は帰って来られる。
素直になれない私を気遣って、歩み寄って下さるかもしれない。
思い返せばいつもそうだった。
喧嘩をして私が拗ねていると、信長様はいつも優しく抱き締めてくれた。
私はいつも、それをどこかで期待していたのかもしれない。
信長様から歩み寄って下さるのを……
でも、それではダメだと思ったのだ。
信長様に依存してばかりではダメなのだと。
だから…お帰りをただ待つのではなく、自分から逢いに行こうと思った。
大坂城から堺の町までは、馬に乗れば、そう遠くはない。
堺には、信長様と一緒に何度か行っているから道も覚えている。
近いとはいえ、一人で旅をするなど初めてで、怖くないと言えば嘘になる。
それでも、信長様の妻になるまでの私は、馬で遠駆けをしたりもしていたし、武術の嗜みもあったのだ。
それがいつの間にか、守ってもらうことに慣れてしまい、信長様の腕の中の世界にぬくぬくと埋もれて日々を過ごしてしまっていた。
護衛も付けずに大胆なことをしているとは思うが、言えば絶対に反対されるから黙って出てきてしまった。
(秀吉さんに置き手紙は残しておいたけど…きっとすごく心配するだろうな…ごめんね、秀吉さん。でも…どうしても信長様に逢いたいの)
久しぶりに乗る馬の背に揺られ、前方を真っ直ぐに見つめる。
信長様が整備された、堺へと続く街道は、道幅も広く周囲も開けていて、所々に茶屋などもある。
女の一人旅でも、そう危なくはなさそうだと内心安堵しながらも、気を引き締めて馬を歩ませる。
(信長様はどんな顔をなさるだろう。危ないことをとお怒りになるかもしれない…でも、それでもいい。今はただ早く逢いたい…)