第92章 帯解き
「はぁ…」
深夜、灯りのない暗く静かな寝所の中で、もう何度目か分からない溜め息を吐き出す。
そして、これまた同時に何度目か分からぬ寝返りを打ち、その度に広い寝台に独りで横たわる虚しさに打ちのめされる。
「………眠れん」
義務的に瞑っていた目蓋を持ち上げ、目を見開いてみても、室内は真っ暗で、暗闇に慣れない目を意味なく彷徨わせるばかりだった。
(全く……独り寝など、するものではないな)
愛しい女を腕に抱いて朝までぐっすり眠るのが、いつの間にか習慣になっていた身には、久しぶりの独り寝はあまりにも寒々しい。
あの朝以来、機嫌を損ねた朱里は俺を避けているらしく、夜も吉法師とともに自室で休んでいるようで、数日顔を見ていなかった。
昼間も、政務に視察にと何かと忙しく、逢いに行かねばと思いながらも叶わないでいる。
朱里の方も、此度はかなり拗ねているらしく、頑なに自分から逢いに来るつもりはないようだった。
そうなると、こちらも意地を張ってしまうのが男のサガというもので……互いにすれ違うこの状況を、自ら積極的に何とかしようともせず、のらりくらりと日にちばかりが過ぎていたのだった。
酒に酔って記憶をなくす、などという無様な失態を犯した自分を情けなく思う気持ちもあるが、朱里がそこまで怒る理由もはかりかねていた。
酔って朱里を抱いた…それは確からしいのだが、朱里があれほどに拗ねるような無体なことでもしたのだろうか。
考えてみるが、すっぽり記憶が抜け落ちているのでどうしようもない。
(そもそもが、朱里の反応がいちいち可愛すぎて、何年経っても無体な意地悪が止められんのだから、今更という気もするが…)
「はあぁ……」
朱里のぬくもりが恋しい。
秋も深まり、夜も更けたこの時間になると部屋の空気もひやりと肌を刺すほどになる。
朱里と寄り添って眠る夜には感じたことのない寒々しさ。
常に隣にあったぬくもりがないということが、こんなにも頼りなく寒々しいものだとは考えもしなかった。
それほどに、二人でいることが自分の中で当たり前になっていた。
「っ…朱里っ…」
胸の奥から湧き上がる何とも言えない感情のまま、その名を口にすれば、予想以上に恋しさが募り、それがまた信長の心を苦しめた。