第92章 帯解き
「もぅ…信長様ったら、また私を揶揄っていらっしゃるのですね?そ、そんなこと仰って…私にまた、恥ずかしいことを言わせるおつもりですの?」
拗ねたようにプイッと顔を背ける朱里は見ていて愛らしかったが…俺は一体、どんな恥ずかしい言葉を言わせたというのだろうか…それはそれで、無性に気になるのだが……
「……いや、すまん…本当に覚えておらんのだ。酒のせいか、ひどく記憶が曖昧でな…」
「ええぇっ…」
(嘘っ…覚えてないって…本当に?)
「ほ、本当に?本当に覚えてないんですかっ!?じゃあ、どこまで記憶があるんですか?覚えてるのは、どこまで!?」
興奮のあまり一気に捲し立てるように言って詰め寄る朱里に、信長は顔を顰める。
「くっ…大きな声を出すな、頭に響く。宴の…途中までは記憶がある。勧められるままに盃を空けていたのは覚えているが、宴がいつ終いになったのかは…分からん。どうやってここに戻ったのかも、皆目、覚えておらん」
二日酔いのせいなのか、身体はひどく気怠くて、常の交わりの翌朝の清々しい解放感など微塵もなく…愛しい女を久しぶりに抱いたはずなのに……実感がまるで、ない。
らしくもなく少し落ち込む信長に、朱里は気付かなかった。
「嘘ぉ…ここに戻ってからのことも?全部?覚えてないんですか?わ、私との閨のことも?うぅ…酷いです、信長様っ…」
恨めしそうにジトっと睨む様に、慌ててしまう。
(やはり、『致して』いたのだな…全く覚えていないが…)
「仕方ないではないか…酔っていたのだ…っ…不可抗力だ。俺だって酔うこともある」
「だからって…昨夜は特別、だったのですよ?ほ、本当に久しぶりに……それを、『覚えてない』だなんて!あんまりですっ!」
「っ…朱里っ…」
予想外の剣幕で怒る朱里の様子に戸惑いを隠せない。
酔って一晩記憶をなくしたぐらいで、そんなに怒らずともよいではないか。
俺だって好きでこうなった訳ではない。
(朱里を抱いておきながら、その余韻すら残ってないのは、さすがの俺も心残りなのだが……)
「くっ…朱里、そんなに怒るな」
「……もう、知らないっ!信長様の馬鹿っ!」
「なっ、何だと…」
もう一度キッと睨むと、朱里は信長の手をすり抜けて、するりと寝所を出て行ってしまい……
残された信長は、その後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。