第92章 帯解き
朱里が情事の甘い余韻に胸を熱くさせながら、吉法師に乳をやっている後ろで、信長は痛む頭を更に混乱させていた。
一糸纏わぬ姿の朱里
己の身の内に残る気怠さ、下半身の重だるさ
寝所に微かに残る濃密な空気
(これはつまり…昨夜はそういうことだったのか…いや、しかし…)
客観的な状況は、そういうことがあったことを物語っているのだが、肝心の己自身はと言えば、ひどく曖昧だった。
(いくら酔っていたとはいえ、さすがにそれは……)
珍しく自分に自信が持てない頼りない状況に動揺が隠せず、鼓動が速くなっていた。
「……信長様?」
「っ………」
いつの間にか吉法師を寝かしつけ終わっていた朱里がこちらを振り向いており、信長の顔を不思議そうに見つめていた。
「っ…吉法師は寝たのか?」
「はい!まだ早い時間ですから、信長様ももう少しお休みになりますか?昨夜は随分と飲んでいらしたから、お疲れでしょう?起こしてしまって…ごめんなさい」
「いや……」
珍しく歯切れの悪い返事をする信長を見て、朱里は心配になってしまう。
「……あの、どうかなさいました?」
「……………」
「信長様?」
「っ………」
寝台の端に腰掛けていた信長の隣に寄り添って、そっとその顔を覗き込む。
昨夜は随分と酒がすすんでいたようだったから、今朝は具合がお悪いのでは、と心配だったのだ。
信長が翌朝まで残るほど酔ったところなどあまり見たことはなかったが、見たところ今朝はどうもいつもと様子が違うようだった。
「信長様、あの…もしやどこか具合がお悪いのですか?」
するりと身を寄せて、自然な感じで手を握ってくる朱里に、匂い立つような女の色香を感じてしまい、腰の辺りがズクンっと熱く脈打つ。
「っ…いや、大事ない。その、朱里、つかぬことを聞くのだが…昨夜はその、『致した』のか?」
「…………えっ?致し…ええっ…!?やっ…」
思いがけないことを言われて、かぁっと顔が熱くなってしまう。
(信長様ったら、何言って…もぅ、『致した』どころか、あんなに激しくシてくださったのに…いやだわ…また、私を揶揄ったりして…)
身体中に跡を残しておいて何を言うのだろう。
昨夜の意地悪の続きのつもりなのかしらと、キッと睨んでみせるが、信長様は至極悩ましげに眉を顰めていて……
(あれ…?何だろう?何か変だな…)