第92章 帯解き
上座で繰り広げられている主従の絡みを見て、武将達は興味津々で口々に好き放題言っている。
「大体貴様は、人の世話は焼くくせに、自分のことになると途端に無頓着なのだから…全く、困ったものだ」
はぁ…っと皆に聞こえるぐらい盛大に溜め息を吐く信長に、秀吉は困ったように眉尻を下げる。
「いや、あの…そのぅ…」
まさかこんな場で、信長から責められるとは思ってもいなかったので、秀吉は何と答えてよいか分からず、しどろもどろだった。
「お〜い、秀吉、本当のとこ、どうなんだ?千鶴とはどこまでいってるんだよ?当然、もうヤったんだろ?」
「ま、政宗、お前なぁ…」
「ちょっと、政宗さんまで…酔ってるんですか?」
政宗の赤裸々な問いに、家康は顔を赤くして目線を逸らしている。
「人たらしのお前のことだ、女の一人や二人、ものにするのは容易いことだろう?」
「光秀っ!お前、人聞きの悪いこと言うな!俺は、千鶴とはそんな軽い気持ちじゃねぇんだよ」
「ほぅ…それはそれは…」
ニヤニヤと意地悪く口角を上げる光秀を、秀吉は苦々しい思いで睨む。
「軽くない気持ち、とは…何なのだろうなぁ?くくっ…不真面目な俺には、さっぱり分からんな」
「くっ…だからっ、俺は千鶴とは真剣にだなぁ…夫婦になろうと思ってて…あっ、いや…すぐにってわけじゃないけど…」
思わずといった調子で口を滑らして慌てる秀吉に、信長はピシャリと言い放つ。
「たわけっ、何をグズグズする理由がある。そんなもの、さっさと決めてしまえばよいのだ。俺が仲立ちをしてやろう」
「お、御館様ぁ…」
(うっ…今宵の御館様はいつにも増して手厳しいな)
一体何故こんな話になったのだろうかとモヤモヤと納得のいかない気持ちを抱えながらも、敬愛する信長の言うことに逆らうなどはもっての外、秀吉は黙って首を垂れるしかなかった。
「これはめでたい。御館様直々の仲立ちでの祝言だぞ、秀吉。いやはや、羨ましいことだ」
光秀は、さほど羨ましげでもなく言う。
(こいつ、絶対面白がってやがる。御館様も、何だって急にこんなことを言い出されるんだ?)
恐る恐る、信長の様子を窺うと、話がまとまって満足したのか上機嫌で酒を呷っている。
(あぁ…また…ほんと飲み過ぎだって…大丈夫か…?)
秀吉の心配をよそに、その後も宴は夜遅くまで続いたのだった……