第92章 帯解き
天満宮での帯解きの儀は無事執り行われ、その日の夜は盛大な宴が開かれた。
主役の結華が退出した後も、大人達の盛り上がりは最高潮で、宴は夜が更けるまで飲めや歌えやの大騒ぎだった。
信長様も、酌をしに来る家臣達がひっきりなしで、次々に盃を干しておられたようだった。
普段から、飲んでもさほど様子が変わらぬ信長様が、今宵は珍しく陽気な笑い声を上げて、家臣達からの祝いの言葉に答えておられるのを隣で聞きながら、私もまた楽しい時を過ごしていたのだが……
(……さすがにちょっと飲み過ぎじゃない??)
盃を空ける頻度が異常に早過ぎるような気がして、隣でチラチラと信長様の様子を窺っていると、傍で控えていた秀吉さんもどうやら同じ気持ちだったらしい。
「…御館様、そろそろお開きに致しましょう。些か御酒が過ぎておられるようですが……」
控え目に飲み過ぎを注意する秀吉さんを、信長様は上座からギロリと睨み据える。
(大丈夫かな…っ…目が据わってるんだけど…)
「煩い、秀吉。興が醒めるようなことを言うな。夜はまだまだこれからだぞ」
「くっ…しかし……」
(もうかなり飲んでおられるだろ…これ以上飲まれてお身体に何かあっては困る…あぁっ…また…)
わざと見せつけるように豪快に盃を傾けて酒を呷る信長を、焦りながら見つめる。
「御館様っ、そのような飲み方はお身体に障ります!」
「煩いっ!貴様は、人の心配ばかりしてないで自分の心配でもしていろ。いい歳をして…いつまで一人でいるつもりだ?」
「はぁ!?何でそんな話に……」
(っ…御館様にしちゃ珍しいな、絡み酒とは…これはもしかして相当酔っていらっしゃるんじゃ…?)
話が思わぬ方向に行きだした主君の顔を心配そうに覗き見てみるが、顔色は少しも変わらず身体にも変化はなさそうに見える。
「いつまでもグダグダしおって…女を待たせる奴があるか」
「ちょっ…御館様!?急に何なんですか?」
おそらく、俺と恋仲の千鶴のことを言っておられるのだろうが、宴の場でいきなりの話に焦ってしまう。
「おいおい、なんか面白い話になってるぞ」
「秀吉さんが絡まれてますね。珍しい…あれ、信長様、酔ってるんですかね?」
「顔色などはお変わりないようだがな。くくっ…秀吉が焦っている様を見るのは愉快だな」
「秀吉様はどうされたのでしょう…お顔が赤いですね」