第92章 帯解き
信長の溺愛ぶりには呆れるばかりで、母親としては結華の将来が心配で堪らない。
(今からこの調子だと、本当にお嫁に行けないかも…あっ、でも…)
結華の顔を思い浮かべていたその時……
「母上ーっ、見て見てっ!新九郎様から御文が届いたの!帯解きのお祝いにって贈り物も!」
愉しげな声を響かせて足取りも軽く入って来た結華は、胸元に大事そうに文と小さな包みを抱いていた。
その微笑ましい様子に思わずこちらの表情も緩みそうになるが、何気なく信長の方を見てしまい、その険しい表情に、緩みかけていた顔が強張る。
(ひいっ…機嫌悪いな…あからさま過ぎますよ、信長様…)
不機嫌な父の様子にはお構いなしに、結華は純粋そのもので嬉しそうに文を開いて見せてくれる。
小さな包みには、可愛らしい牡丹の花飾りが包まれていた。
見たところは特別に高価なものではなさそうだが、深紅の牡丹は結華によく似合っており、偶然にも明日の衣装の黒地の着物にも映えそうだった。
「わぁ、可愛い花飾りだね!」
「母上っ、これ、明日のお衣装に付けてもいい?新九郎様からの贈り物だもん、絶対付けたい!」
「ふふっ…いいわよ」
「やったぁ!」
満面の笑みを浮かべてご機嫌な結華は、何度も読んだであろう、その文を再び読み返している。
新九郎は、播磨国の大名、彌木家の嫡男で結華より四歳上の若者だ。
彌木家は、信長様の西国支配において重要な地に領地を有しており、織田家の傘下に入っていた。
その領国は規模こそ大きくはないが、西国の守りを担う役目を果たしており、信長様も彌木家を重要な家として見られているようであった。
結華と新九郎は、今年の初めに新九郎が父親の供をして信長様に挨拶に来た折に仲良くなり、新九郎が国に帰ってからも文のやり取りを続けている。
非常によくできた若者で信長様も気に入って、一時は小姓のように側に置いて色々と仕込んでおられたし、結華も優しくて兄のような新九郎に憧れにも似た秘かな恋心を抱いている。