第91章 家族
朱里が眠りに落ちた頃、吉法師とともに天主を出た信長は、早速に家康の御殿に使いを出し呼び出していた。
「全く…朝っぱらから勘弁して下さいよ。で、朱里の具合はどうなんですか?」
「少し熱があるようだ。風邪の症状も出ているようだし、薬湯を作ってやってくれ」
「分かりました……あの?信長様は何をしてるんです??」
登城の命を受け、大坂城の広間で対面した信長はといえば、上座で立ったまま、吉法師をゆらゆらと揺らしながらあやしていた。
「ふぇ…ふぇーん…あぅ…あぅ…」
腕の中の吉法師は機嫌が悪く、ぐずぐずと泣き止まない。
いつもなら朱里が抱き上げて軽く揺らしてやれば、すぐに眠ってしまうものを、一向に寝る気配もなく泣き声は激しくなるばかりだ。
(くっ…何故だ?朱里は、吉法師は寝つきがいいと言っていたはずだが…これはどうしたことだ?)
「あの、信長様?腹が減ってるんじゃないんですか?乳は飲ませたんですか?」
赤子特有の甲高い泣き声に顔を顰めながらも、家康はチラチラと吉法師の様子を窺いながら言う。
「先程、起きてすぐに朱里が飲ませたぞ。むつきも替えてやったし……ん?あぁ…また濡れてるな。どれ……」
慣れた手付きで吉法師を畳の上に寝かせてむつきを替え始めた信長を見て、家康は目を丸くする。
(結華の時も色々やっておられたけど、やっぱ何回見ても見慣れないよな、この光景は…くっ…秀吉さんが見たら何て言うか…)
「御館様ーっ!」
家康の心の声が漏れてしまっていたのだろうか…大坂城一の忠臣の大きな声が聞こえたかと思うと、襖が勢いよく開いて秀吉が飛び込んでくる。
「騒々しいぞ、秀吉。吉法師が驚くだろうが…」
「はっ、申し訳ございませんっ…吉法師様の一大事と窺い、秀吉、参上致しました!」
「いや…俺は千鶴を呼んだのだが…」
ガバッと平伏する秀吉の後ろで、千鶴は申し訳なさそうに控えている。何となく顔が赤いように見えるのは、急いで駆けつけたせいであろうか、それとも……?
二人の間に何となくよそよそしい雰囲気が漂っているのに目敏く気付いた信長は、無遠慮にジロジロと二人を見つめて、ある結論に至る。
(秀吉の奴め、昨夜は千鶴の部屋に泊まっておったな…まぁ、この際そんなことはどうでもよい。それよりも、だ)