第91章 家族
そう言って家康が差し出したのは、ドロドロした見るからに苦そうな液体の入った茶碗だった。
家康お手製の、超苦いけど、効き目抜群の薬湯。
「うっ………」
「ちょっと…そんな顔しないの!飲まなきゃ治んないよ?」
「で、でも……あっ、ていうか薬湯なんて飲んでもいいのかな?ほら、私、吉法師にお乳をあげないといけないし……」
「吉法師なら信長様が面倒見てるよ。千鶴もいるし、大丈夫なんじゃない?」
「信長様はお乳、あげられないでしょ?千鶴だって…」
「ぐふっ…信長様が乳…想像したら笑える…くっ…」
堪えきれないように吹き出す家康を見て、かぁっと頭に血が上って熱くなる。
「もぅ!笑いごとじゃないのっ…うっ、ゴホッ…」
「興奮しないの、熱上がるよ。ほら、早く飲みなよ」
「うぅ…うえぇ…苦ぁ…」
グイグイと茶碗を押し付けられて渋々口をつけると、案の定、ドロリとした濃い目の液体が流れ込み、見る見るうちに口内に何とも言えない苦味が広がっていった。
(いつものことだけど、苦過ぎっ…効き目のほどは間違いないんだろうけど、キツいなぁ…)
「はい、口開けて」
「へ?」
薬湯の苦さに悶絶する私が思わず口を開けると、家康の手が伸びてきて唇に触れる。
「あっ…んんっ!?」
唇に家康の指先が押し付けられた次の瞬間、口内にふわぁっと甘さが広がって……
「っ…あっ…金平糖…?」
「そ、信長様から。秀吉さんには内緒だって。ほんとあの人、あんたには甘いんだから」
呆れたように言いながらも、家康の口調はどこか優しい。
「信長様…傍にいてくれるって言ってたのにな…」
(私を一人にはしない、すぐ戻るって言って出ていかれたのに…来て下さらないのかな…)
「朱里……」
「ごめん、家康。来てくれてありがと。ちょっと寝るね、私」
「あ、うん。また様子見に来るから…」
「はあぁぁ……」
襖が閉まる音がして家康が出ていった後、布団の上で深く息を吐く。
ひと気がなくしんっと静まり返った部屋の中、広い寝台の上に独りぼっちで横たわっていると、ひどく心細くなってくる。
ほんのり甘い金平糖を口の中で転がしながら、ぼんやりと天井を見上げる。
出産後、休む間もなく赤子の世話に追われ、感じる暇もなかった様々な疲れが、気を抜いた瞬間どっと襲ってくるようだった。