第91章 家族
「ふぁ…クシュンッ!うっ…」
障子越しに射し込む朝の光に寝所の中が明け染めてくる頃、ぞくりと震えるような肌寒さを感じて思わず出てしまった自らのくしゃみで目が覚める。
(うっ…寒っ…)
まだ秋口であり、夜明けの寒さを感じるほどの季節ではない筈なのだが、今朝は何故かゾクゾクとした寒気を感じる。
「……寒いのか?」
「あっ…信長様、おはようございます…クシュンッ!」
隣で横になっていた信長様は私のくしゃみに眉を顰める。
(いけないっ…また心配させちゃう…)
「あ、あの…大丈夫ですよ?具合が悪いわけじゃないです。季節の変わり目だからかなぁ…っ…クシュンッ!」
(ダメだ、喋るたびに墓穴を掘ってる気がする…)
信長様の視線を避けてズズッと鼻を啜る私を訝しげに見遣りながらも、寝台から身を起こした信長様は私にそっと掛布を掛け直してくれる。
「風邪を引いたのやもしれんな。疲れが溜まっていたのであろう。今日は寝ていろ。後で家康を呼ぶ」
「はい…あっ、でも……」
「何だ?」
「吉法師が……」
隣の小さな寝台の上をチラリと覗くと、吉法師はスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠っていた。
口元がむにゃむにゃと動いているのが可愛らしく、見ているだけで癒される。
(私が寝込んでしまったら吉法師の世話が出来なくなってしまう…)
「いえ、やはり寝ているわけには…」
そう言って起き上がろうとした私の額を、信長様がピタンと押さえる。
「んんっ!?な、何するんですかっ?」
「…………ちょっと熱っぽいぞ。やはり風邪だろう」
「ええっ、そうですか?」
自分では熱っぽさなど感じていなかったが、そう言われるとそんな気がしてくるから不思議だ。
何だか急に身体が重だるくなってきた気がする。
「吉法師の世話もありますし、寝ているわけには…あっ、でも風邪だったら感染ってもいけないし…う〜ん、どうしよう」
「吉法師の面倒なら俺が見てやる」
「ええっ、でもお乳は?お乳はどうするんですか?信長様には…さすがに無理でしょう?」
「当たり前だ、俺を何だと思ってる?乳は城下で貰い乳でもすればよかろう。心配せずとも、なんとでもなるわ」
「で、でも……」
自信満々の信長様に強く言い返すのが憚られてグダグダしている内に、信長様の方は、もうすっかり子守りをする気になってしまったらしい。