第91章 家族
その日の夜、いつものように吉法師を寝かしつけてから寝所を出た私は、廻縁に腰を下ろして盃を傾けておられた信長様の元へと向かう。
「吉法師は寝たのか?」
「はい、お乳を飲んだらすぐ…吉法師は布団に置いても目覚めないので助かります。赤子といっても様々ですね。結華の時は寝かしつけてもすぐ起きてしまって大変でしたけど…此度は私、楽をさせてもらっています」
「ふっ…赤子とは不思議なものだな。おるだけで皆が優しい気持ちになるようだ。秀吉などは、吉法師が産まれてから顔が緩みっぱなしだ。結華に甘いのもだが、彼奴があんなに子供好きとは知らなんだ」
「ふふ…信長様の御子だから余計にですよ、きっと。信長様も…こんなに女子供にお優しい方だとは、出逢った時は思いも寄りませんでした」
初めて出逢った時は、その眼光の鋭さと身体から放つ威圧感とで、噂どおりの恐ろしい方だと思ったものだ。
恐ろしくて近寄り難い…でも、人を惹きつけて止まない人
強引に奪われて、意地悪で…でも、とびきり優しい
(信長様を愛して、信長様に愛されて、家族にも恵まれて…こんなに幸せでいいのかな)
「朱里…どうした?」
気遣わしげな声音に、ハッとして顔を上げると、空の盃を手にしたまま心配そうに私を見つめる信長様と目が合った。
「っ…あっ…ごめんなさい、ぼんやりして。お酒…あっ、もう空ですね…おかわり、すぐ頼んできますね」
「いや…よい。酒は終いにする。どうかしたのか?貴様はすぐ顔に出る…心配ごとがあるのなら言え」
大きな手が頬を包み込むように優しく触れてくる。
それだけで、信長様の優しさが伝わってきて胸の奥がふんわりと温かくなるようだった。
「信長様、あの…聞いてもいいですか?」
「ん?」
「信長様は…今でも母上様と一緒に暮らしたいとお思いですか?」
「っ…朱里、それは…」
「分かっています、母上様がお市様達のお傍を離れられないとお考えなのは…それでも、私は母上様に私達とこの城で暮らして頂きたいと思ってしまいます。
家族としての時間を共に過ごしたいと……
私にとっても、母上様は本当の母と同様の御方なのです」
「くっ……」
信長様は、顔をくしゃりと歪ませて苦しそうな表情を見せる。