第91章 家族
待望の嫡男の誕生に、大坂城内は益々賑やかになっていた。
吉法師の元気な泣き声を聞きつけると、皆が入れ替わり立ち替わり様子を見にきてくれ、私自身、精神的にも助けられていた。
「ふぇ…ふぇ…ふぇーんっ…」
「あらあら…泣いているの?元気な泣き声だこと」
「義母上様っ…」
布団の上でぐずり始めた吉法師を抱き上げていると、義母上様が入って来られる。
「吉法師は元気がいいわね。乳も良く飲んでいるのかしら?」
「はいっ!良く飲んでくれて、吉法師は信長様に似て元気な御子ですよ」
「そう、それは何よりだけど…乳母を付けず、貴女がお一人で手ずから世話をなさるのは大変ではない?
朱里殿が疲れてしまわれないかと、私は心配なのですよ」
心配そうに私と吉法師を見遣る義母上様は、遠慮がちに言われた。
「大丈夫ですよ、義母上様。赤子の世話は結華の時に慣れていますし、信長様も何かと手伝って下さいますから」
「本当にねぇ…あの子が吉法師のむつきを替えるのを見た時は驚いたわ」
「す、すみません…信長様にそんなことまでさせちゃって…」
殿方に赤子のむつきを替えさせるなど、義母上様からしたら前代未聞だっただろう。
私も結華の時には驚いたし遠慮もしたけれど、当の信長様本人は何の抵抗もないらしく当たり前のように赤子の世話を手伝って下さるのだ。
(本当にありがたいことだわ。結華も吉法師も、信長様にこんなにも愛されて…家族がいるってなんて幸せなことなんだろう)
「ふふ…あの子はいつも私の想像の先を行く子でしたから…信長殿と朱里殿、お二人が納得のいくやり方で子を育てていかれたら、それが一番だと私は思っていますよ。男子だから、嫡男だから、こう育てなければとか、そんな周りの声もこれから益々聞こえてくることでしょうが、朱里殿は信長殿をただ信じておられれば良い。
世間の常識や慣習などは、あの子にとっては取るに足りぬものでしょうからね」
「義母上様……」
(本当に、義母上様は信長様のことを理解して下さっているのだわ。こんな風に義母上様と家族の時間を過ごせる日が来るなんて思わなかった。
このまま、この穏やかな日々が続けばいいのに…そう願うのは、私の欲深さゆえなのだろうか)
眠る吉法師を慈愛に満ちた表情で見守る報春院の横顔を、朱里は尊いものを見るような面持ちで見つめるのだった。