第90章 月に揺らぐ
「さぁ…若君様でございますよ」
産婆が大事そうに渡してくれた赤子を、信長が腕に抱く。
その小さくも愛おしい存在は、目を閉じてスヤスヤと眠っている。
早くも乳が欲しいのか、口元をむにゃむにゃとさせていた。
久しく忘れていた、産まれたばかりの赤子の柔らかく頼りなげな抱き心地に戸惑いながらも、信長はしっかりと赤子をその腕に抱く。
己の腕の中に易々と収まるほど小さな身体だが、信長にとってその存在はひどく重く感じるものだった。
「小さくて可愛いな」
「はい…産まれたばかりの赤子は、何度見ても癒されますね」
おくるみの中で健やかな寝息を立てる赤子の頬を、指の腹でちょんっと突いてみる。
ぷっくりとした柔らかな感触に、胸の内がじんわりと温まっていくようだった。
赤子を朱里の傍に寝かせ、その寝顔を二人で飽きることなくいつまでも見つめる。
城内の慌ただしさもいつの間にか静かになっていた。
外もすっかり暗くなってしまったようで、長い長い一日が今、正に終わろうとしていた。
「朱里、疲れただろう。もう休むか?」
頬を撫でながら促すと、とろんと蕩けたような気持ち良さそうな顔になる。
(やはり疲れているのだろう。眠そうな顔をして…)
守ってやりたくなるようなその顔に惹かれて、もう一度唇を重ねようと顔を近づけていくと………
ーきゅぅ きゅるるっ ぐぐぅー
「きゃっ…や、やだっ…」
静かな室内に似つかわしくない可愛らしい音が、突然鳴り響き、朱里は真っ赤な顔をしながら、慌ててお腹を押さえて俯いた。
「………………」
「やだぁ…もぅ…恥ずかしいっ。で、でも…今日は私、昼餉も夕餉も抜きなんですもん。無事に産まれて安心したら、何だかお腹が空いてきちゃって……」
「くっ…くくっ…そうであったな…はっ、はははっ…貴様らしいというか何というか……ははっ…」
「やっ…笑うなんてひどいです!」
「くっ…すまんすまん。そういう飾り気のないところが、貴様の良いところだ。暫し待て。厨の者に、何か滋養のあるものでも作らせる」
そういうと、信長は、すやすやと眠る赤子に柔らかく微笑んでから立ち上がる。
朱里の食事を用意させるため、厨へ行こうと襖を引き開けると……