第90章 月に揺らぐ
「うわぁ…ととっ…」
「馬鹿っ、押すなよ、光秀っ…」
「あぁ…危ないっ!」
信長が襖を引き開けた瞬間、ドドッとなだれ込んできたのは………
秀吉ら武将達だった。
秀吉、政宗、三成の三人はなだれを打って倒れ込み、その後ろではニヤニヤ笑う光秀と、呆れた顔で温かな湯気の立つ膳を手に持った家康が立っていた。
「貴様ら………」
「も、申し訳ごさいません、御館様っ!」
平身低頭、畳に額を付けるほどに勢いよく平伏する秀吉。
「いやぁ、産まれたって聞いて、秀吉が居ても立っても居られないって騒ぐもんだから…仕方なく…」
政宗は身体を起こし、苦笑いを浮かべながらチラリと秀吉を横目で見る。
「申し訳ございません、御館様。俺も止めたのですが、秀吉に無理矢理連れてこられ…仕方なく…」
全く申し訳なさそうな顔ではない光秀が、わざとらしく目を伏せる。
「おいっ、お前らなぁ…早く若君様が見たいって言ったのはお前らだろうがっ…まぁ、それは俺も同じだけど…」
「若君様御誕生の知らせに、秀吉様は真っ先に泣いておられましたものね」
「こら、三成、言うんじゃない!」
武将達が部屋の前でわぁわぁと言い合いを始め、その場は一気に賑やかになる。
皆の姿を見た朱里も、褥の上で横になったまま嬉しそうに笑っていた。
「貴様ら、騒々しいぞ。赤子が起きたらどうしてくれる?」
「おおっ…若君様はお休みでしたかっ!それは御無礼を致しました」
再び平伏しつつも、チラチラと赤子の方へ視線を送るあたり、秀吉はもう赤子が気になって仕方がないのだろう。
「あの…どうでもいいんですけど、政宗さん、早くしないとこれ冷めちゃいますけど、いいんですか?」
家康が呆れたような顔で差し出した膳からは、ホカホカと温かそうな湯気が上がっていた。
「おっと、そうだった。朱里に雑炊を作ってきたんだ。メシ抜きで一日頑張ったんだもんな、腹減ってるだろうと思って」
「うわ〜ん…政宗ぇ…ありがとうっ!」
政宗の声を聞いた朱里が嬉しそうに目を輝かせる。
皆が朱里と赤子を見守ってくれている。子の誕生を共に喜び、祝福してくれている。
武将達が勢揃いし賑やかな雰囲気に包まれる中、信長は胸の奥がじわりと暖まるような何とも言えない幸福感を感じていた。