第90章 月に揺らぐ
「くっ…すまんっ…つい……」
ハッとしたように唇を離し、信長様は勢いよく起き上がる。
その場に胡座を掻いて、頭を抱えて深く溜め息を吐いた信長様は、どうしようもなく可愛かった。
「っ…ごめんなさい。嫌じゃないの…でも…」
「分かってる。自覚はないが…今宵の俺はだいぶ酔ってるのかも知れん。もう…戻る」
それだけ言うと立ち上がって出て行こうとする信長様のその羽織の袖を、私は慌てて引いていた。
「待ってっ!あのっ、今宵はここで、一緒にお休みになって下さいませんか?もう少し…お傍にいたいの」
「っ…朱里っ……」
いつもと様子が違う、酔った信長様を一人にするのが心配だった。
いつも自信満々で余裕の塊みたいな信長様が、今宵は少し違って見えて…どうしようもなく不安で心配で堪らなかったのだ。
(信長様もこんな気持ちだったのかな。私のこと心配してくれて…不安にさせちゃってたのかもしれない。どうして気付かなかったんだろう……この方は私のことを、誰よりも大切に思ってくれているのに……)
信長の心配をよそに、一人で色々と動いて無理をしてしまったことが、信長の気持ちを蔑ろにしてしまったかもしれない、と今更ながらに思い至るのだった。
その夜は、互いにそれ以上深い話をすることはなく、私の褥に二人で寄り添って眠りについた。
私を背中からぴったりと抱き締めて、首筋に顔を埋めた信長様は、酔いが回っておられたこともあり、安心したようにすぐに深い眠りに落ちられた。
規則正しく聞こえてくる信長様の心の臓の音に、私の心も穏やかに満たされていくようだった。
お腹の上にそっと置かれた手の平から伝わる信長様の熱で、私の身体はじんわりと温かくなっていく。
背中から聞こえてくる穏やかな寝息をぼんやりと聞きながら、私もまた、徐々に重たくなってくる目蓋をそっと閉じたのだった。