第90章 月に揺らぐ
「気分が優れぬなら、下がって休んでおれ。飲まぬとはいえ、懐妊中の身でこのような酒の席に長くおるのは良くない」
「っ………」
冷たく突き放されたように言われてしまい、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
(うぅ…今日の信長様、すごく冷たい。これまではそんな風に言われたことなかったのに…私と一緒にいるのが、そんなにお嫌なの…?)
確かに懐妊が分かってからは、お腹の子のため酒は一滴たりとも口にしていない。
それでも、悪阻が酷い時以外は酒宴の席にも今までどおり出ていたのだ。
皆が宴を愉しんでいるのを見るのは私も楽しかったし、何より信長様のお傍にいたかったからだ。
信長様も出るなと仰ったことはなかったし、お腹が目立つようになってからも何ら変わりはなかった。
それなのに………
信長様の冷たい言い様に酷い疎外感を感じてしまい、心がズキッと傷んだ。
(っ…どうして急にそんな冷たいことを仰るの…)
「……私もそろそろ下がらせて頂こうかしら。尼の身で酒席に長居致すのも良くないものね……朱里殿、一緒に参りましょう。この後は女子同士、甘いものなど頂きながら月見を致しましょう」
「義母上様っ……」
気遣うように声をかけて下さる義母上様の言葉に、救われたような気がした。
「信長殿、朱里殿をお借りしてもよろしいか?お身体に負担にならぬよう、早めに休んで頂くゆえ…」
「っ…母上が良いのなら…別に構わん」
「信長様……」
何か言いたかったが、なんと言ってよいか分からず、躊躇いがちに席を立った。
信長様の不機嫌の理由が分からず、私の心は益々混乱するばかりで、義母上様に促されながら自室へと戻る私の足取りは、ひどく重いものだった。
「朱里殿、ご覧なさい、良い月が見えますよ。こちらで一緒に見ましょう」
縁側へ出て夜空を見上げた義母上様は、ニッコリ笑って私を手招きなさる。
先程の何ともいえない気まずさが残ったまま、作り笑いのような曖昧な笑みしか浮かべられなかった私は、無言のまま義母上様の隣に腰を下ろした。
「………」
「朱里殿?」
「っ…義母上様っ…私、何か信長様のお気に障るようなことをしてしまったのでしょうか……昨日から何故かとても機嫌がお悪いのです」
義母上様を心配させてはいけないと思いつつも、モヤモヤした思いを抑えられず、心の内を吐き出した。