第90章 月に揺らぐ
義母上様が大坂城に滞在されるようになり、穏やかな日々が続いていた。
結華はお祖母様と過ごす日々がすっかり気に入ったらしく、囲碁に貝合わせにと義母上様にべったりだった。
私はといえば、結華の帯解きの儀の段取りやお産の準備など、やらねばならないことが山積みで、大きなお腹を抱えて忙しい毎日を過ごしていた。
結華の時は初産で勝手が分からなかったこともあり、産後は上手く立ち回れなかったが、此度は産後すぐに結華の大事な儀式があることもあり、万全に準備を整えておきたかったのだ。
「義母上様、いつも結華の相手をして下さってありがとうございます。あの…お疲れではございませんか?」
今も囲碁の相手をしてくれているのを申し訳なく思いながら声をかけると、義母上様は手元の碁盤から顔を上げて微笑む。
「大丈夫よ、結華と遊ぶのは楽しいわ。伊勢でも、お初やお江がもっと小さい頃は、面倒を見たりしていたのよ。懐かしいわ。それにしても…結華の囲碁の腕前は、大人顔負けねぇ」
驚いた表情を隠そうともせず、結華の側の石が優勢になった盤上に目を見張る。
「結華に囲碁を教えたのは、信長様ですから。結華も、さすがにまだ信長様には全然敵わぬようですが……」
「ふふ…あの子は結華を溺愛しておるようじゃな。あのように甘い顔をするあの子を見られる日が来ようとは……全て朱里殿のおかげです」
「義母上様……」
「幼き頃に私が与えてやれなかった、安らぎや家族の温もり…愛される充足感をあの子に与えて下さった。信長殿を心から愛し、あの子に無償の愛を与えて下さる朱里殿には、どれほど感謝してもしきれぬ」
そう言うと私に向かって深く頭を下げる義母上に、私も慌ててその手を取った。
「そのような…畏れ多いことです。信長様は、私や結華を本当に大事にして下さいます。義母上様が信長様を産んでくださったから…私達は出逢えたのだと、そう思っております。
私、待ち望んで待ち望んで、ようやくこの子を授かって…子を産むことの大変さを改めて知ったような気が致します。
義母上様が信長様をこの世に産んでくださったこと、それだけで十分です」
「っ…朱里殿っ……」