第90章 月に揺らぐ
それから何度か文をやり取りし、長月の終わり頃、爽やかな秋晴れの日に、義母上様は、はるばる伊勢国からここ大坂の地へお越しになられたのだった。
「義母上様、遠路はるばる、ようお越し下さいました。お久しゅうございます」
広間で信長様と結華と共に義母上様をお迎えした私は、大きなお腹を抱え、座るのにも一苦労だった。
「信長殿、朱里殿、お元気そうで何よりじゃ。結華も…大きゅうなったのぅ。ほんに愛らしいお顔立ちじゃ…信長殿によう似ておる」
目を細め愛おしそうに結華を見る義母上様は、尼姿とはいえ相変わらず若々しく、年齢を感じさせない御方だった。
「お祖母様っ!」
本当に久方ぶりに祖母に会った結華は、もう居ても立っても居られなかったらしく、挨拶が済むと早々に座を立って、一直線に駆け寄っていく。
「まぁ!結華ったら、お行儀が悪いわよ!す、すみません…義母上様」
「いいのよ、私も結華ともっと近くで話がしたかったから…さぁ、よくお顔を見せてちょうだい。ほんに、目元など信長殿にそっくりじゃ」
結華の髪を撫でてやりながら、信長様と私の方に視線を向けられた義母上様は、私の大きくなったお腹を気遣わしげに見ながら、
「朱里殿、身体の方はどうじゃ?今は一番大事な時ゆえ、無理はなさらぬようにな。私に出来ることがあれば、何なりと言うて下されよ」
優しい言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「ありがとうございます。義母上様が来て下さって、どんなに心強いことか…頼りに思っております」
「母上、朱里のこと、お気遣い頂きかたじけない。なにぶん、お産には男は役に立たんと言われて、大事の時に俺が傍にいてやることも叶わぬゆえ…」
「ほほほ…信長殿はお優しいのぅ。貴方の御父上様も子は数多おられましたが、お産に立ち会われたことなどは一度もない。殿方とはそういうものです。信長殿は、織田家のご当主として、いつもどおり堂々と構えておられたら良いのですよ。お産は、女子の戦でございますれば……」
義母上様の言葉に複雑な表情を浮かべられた信長様は、私にチラリと意味深な視線を送りながら苦笑いされていた。