第16章 出陣
私たちは城下におりて束の間の逢瀬を楽しむ。
城下はいつもどおり人通りが多く活気に満ちていて、人々の間には戦が始まるという緊張感はあまりないようだった。
「明日はご出陣だな」
「毛利の残党など、信長様ならあっという間に討ってお帰りになるさ。なんといっても第六天魔王様だからな」
町の人たちの噂話が彼方此方から聞こえてくる。
「…城下は落ち着いているようですね」
「ああ。備後国は遠いし、此度の戦で安土の民に害が及ぶことはない。貴様も何も心配することはない」
私たちは他愛ない話をしながら、市で買い物をしたり、甘味を食べたりしながら、久しぶりの二人の時間を楽しんだ。
夕闇が迫る頃、私たちは手を繋いで城門まで戻ってくる。
「………信長様っ。あの…これっ」
私は、先程作り終えて懐に入れていた、『あるもの』を取り出して信長様に差し出した。
「………これは…匂い袋か?良い香りがする…貴様の香だな」
信長様は匂い袋を受け取って、その香りを確かめるように深く息を吸う。
「信長様のお好きな伽羅の香です。離れていても香りだけでもお傍にいられるように、と思って。
……中にお守りが入っています。
お怪我などなさらないように…ご無事でお帰りになれるように、とお祈りしました。
信長様にお守りなんて似合わないかな、と思って…匂い袋なら戦場でも身に付けていられるでしょう?
………受け取っていただけますか?」
「…朱里が作ってくれたのか…
肌身離さず身に付けていよう。この香りでいつでも貴様を感じていられるな」
そう言って、私を抱き寄せ、強く抱き締めながら、耳元で甘く囁いてくださる。
「…だが、今宵は貴様を直に感じさせろ。
離れている間もこの身が貴様を忘れぬように…
貴様にも俺を忘れられぬように俺の証しを残してやる」