第89章 重陽の節句
今朝は、早朝から庭に出る私のために、信長様も一緒に天主から降りて下さったのだ。
「さ、信長様、お身体をお拭き致しますから…ええっと…脱いで下さい?」
(例年は天主の信長様のお部屋で、二人きりでしていたから…何か照れるな…今朝は結華もいるし)
「……ここでか?」
結華を膝に乗せたまま、信長も若干、戸惑ったような表情になる。
幼いとはいえ、間もなく帯解きを迎える娘の前で男の肌を晒すのもどうかと思う気持ちと、父親なのにくだらぬことを意識し過ぎだと呆れる気持ちとがせめぎ合って、すぐに反応できなかった。
「あっ…ええっと…じゃあ、結華は自分のお部屋で待ってて。父上様が終わったら、次は結華の番だからね」
「はーい」
膝の上から勢いよく立ち上がった結華は、信長の首にぎゅーっと抱き着いてから、声をかける間もなく部屋の外へと歩いて行ってしまう。
「くっ………」
(あれは…可愛い過ぎて、もはや罪だな)
「あの、信長様…悶えてないで早くして下さい」
「貴様……」
いつまでも変わらぬ結華の可愛さに相好を崩しながら、朱里に言われるがままに着物の袷をぐっと緩めて、上半身双肌脱ぎの格好になる。
「あっ…やっ……」
厚い胸板 引き締まった二の腕 固く割れた腹筋
見慣れているはずなのに、明るい朝の爽やかな空気の中で見る信長様の逞しい男の躰に、動揺が隠せない。
「…何だ?貴様、俺の裸に興奮してるのか?」
「やっ、違いますっ…もぅ…後ろ向いて下さいっ!」
ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる信長様に、強引に後ろを向かせると、その広い背中にそっと真綿を滑らせた。
首筋から肩へ、背中から脇腹へと、ゆっくりと拭っていく。
「んっ…あぁ…心地良いな…」
気持ちよさそうに身体の力を抜いてゆったりと寛ぐ様子の信長に、朱里もまた穏やかな心地になる。
背中を拭いた後は、恥じらいながらも前に回り、胸元や腹、腕などを拭っていった。
何故かひどく緊張してしまって、信長様のお顔を見れない。
「っ…朱里っ…」
「えっ、あっ…ゃ…いゃ…」
ーちゅっ ちゅうぅ…
いきなり手首を捕らえられて、あっと思う間もなく手の甲に口付けられる。
吸い付く熱い唇の感触が生々しくて、指先から、かぁっと熱が駆け上がっていった。