第88章 裏切り〜甘い香りに惑わされて
信長様が一人でなさるところを見てしまったことは、さすがに千代にも言えない。
(あのことがなければ、私もこんなに不安にならなかったかもしれないけど…)
「姫様、色々とご心配なのは分かりますが、不安なお気持ちはお腹の吾子様にも良くないですよ。もう間もなく産み月なのですから大事になさらないと…」
「ん…そうね……」
分かってはいるのだ…うじうじと悩んでいても仕方がないと。
信長様を信じている。
私に触れて下さらないのは、私の身体とお腹の子を案じてのことだと。
妻と交れぬからといって、外で浮気をなさるような方ではない。
信じているけれど……一度不安を感じてしまった心は、なかなか元通りには戻らないのだ。
いっそ、はっきり聞いてしまえばいいのかもしれない。
二人の間に隠し事はなしだ、と信長様は常々言われているし、聞けばきっと嘘偽りなく答えて下さるだろう。
嘘を吐くのも吐かれるのも嫌う御方だから。
信長様はそういう真っ直ぐな御方だから…私はそんな信長様を好きになったのだから……
それでも…やっぱり少し、聞くのが怖かった。
あの香りの主が女の人だったら…
羽織に残り香が移るほど親密に触れ合っておられるのだとしたら…
こんな風に嫉妬をしてしまう浅ましい自分が、嫌で嫌で堪らなかった。