第88章 裏切り〜甘い香りに惑わされて
信長様が浮気なんてなさるはずがない。
でも…あの香りは……
夜の外出は、異国の商人との商談だと聞いている。
でも……商談だけで連日そんなに遅くまで時間がかかるのだろうか。
商談の後、どこかに寄っておられるとか…まさか女性のところに?
いやいや、そんなこと有り得ない。信長様が他の女性と、なんて…
でも…っ…あんな風に一人でなさるってことは、欲求不満の現れではないのだろうか…
それに、私とは最近特に距離を取られるようになった気がする。
口付けも、ほんの少し触れる程度になってしまったし、夜の商談に行かれるようになってからは一緒に眠ることもできてない。
お帰りが遅いのは、他の女性と閨を共にされてるからなの…?
(あぁ…考えれば考えるほど、悪い方向にしか考えられない…)
お優しい信長様が浮気などなさるはずがないとは思いながらも、たとえ信長様でも男性としての欲には抗えないのだとしたら、もしかして…と愚かなことを考えてしまうのだ。
(こんなこと、誰に相談したらいいのだろう…あぁ…)
混乱する頭を抱え、覚束ない足取りで何とか自室に戻ると、その場にペタリと座り込んでしまった。
「まぁ、姫様っ、如何なさいましたか!?」
千代が慌てて駆け寄ってきて、背を支えてくれる。
「お身体の具合がお悪いのですか?どこか痛いところでも?」
「うぅ…千代っ…どうしよう…信長様が…」
「は?信長様?信長様がどうなさったと…」
私の身体を心配する千代に、女中達の噂話と信長様の香りのことを話すと、千代は、はぁっと大きな溜め息を吐く。
「姫様、少し落ち着かれませ。まだ浮気と決まったわけではございませんでしょう?短慮はいけません。以前にも同じようなことがあったのをお忘れですか?あの折も、姫様の早とちりだったではございませんか?」
「うっ…それは、そうだけど…」
信長様と夫婦になったばかりの頃、些細な事で喧嘩をして朝帰りされた信長様のお身体から、いつもと違う香の香りがした為に、浮気だと私が勘違いしたことがあったのだ。千代はそのことを言っているのだろうけど……
(あの時とは状況が違うもの…今の私は、信長様を満足させてあげられていないし…)