第88章 裏切り〜甘い香りに惑わされて
吐精の瞬間、ビクリと跳ねる一物を咄嗟に手で押さえた。
勢いよく放出された白濁は、手の平をべったりと汚し、なおもビュクビュクと吐き出される。
張り詰めていたものが解放された余韻に身を委ねながらも、汚れた手を懐紙で拭い、荒く乱れた呼吸を整える。
「っ…はぁ…はぁっ…あぁ…」
一気に身体の熱が上がったようで、気が付けば額に薄っすらと汗を掻いていた。
手の甲で額の汗を拭い、ふぅっと息を吐き出せば、途端に大きな脱力感に襲われる。
精を吐き出し、肉体的には満たされたが、終わってみればどこか虚しさだけが残っていた。
一度出せばスッキリするかと思ったが、身体の開放感とは裏腹に胸の内のモヤモヤしたものは少しも晴れそうになかった。
(朱里でなければ俺は満たされないのか…)
眠る朱里の様子をもう一度確認して、信長は乱れた夜着を整えると、音を立てぬようにそっと寝所を出た。
熱くなった身体を冷ます為、少し夜風にでもあたろうと思い、そのまま廻縁へと足を向ける。
信長が寝所の襖を閉めた後、朱里は耐え切れずに寝台の上で身を捩る。
じっと潜めていた息をほぅっと吐き出しながら、朱里はドキドキと早まる鼓動を抑えられなかった。
(ど、どうしようっ…見ちゃった…いや、聞いちゃった……信長様が一人でなさってるとこ…っ…)
ふとした拍子に意識が浮上して、聞こえてきた悩ましげな息遣いに心を奪われてしまった。
何となく目を開けてはいけないような気がして、ぎゅっと目を閉じて眠ったふりをしていたのだ。
そうすると、耳が余計に敏感になってしまったようで……聞こえてくる、抑えたような『はぁ…はぁ…』という息遣いと、ニチャニチャという淫靡な水音に、ひどく興奮してしまった。
(信長様が一人でシテる)
その事実に、ひどく心が乱れ、身体が熱くなり、抑え切れないほどの熱情を感じた。
(どんなお顔で…どんな風になさっていらしたんだろう。私が、手でして差し上げるのとは違うのかしら…っ…自分でするのって、気持ちイイんだよね、きっと………)
信長様の艶っぽい息遣いを思い出し、胸がきゅうっと締め付けられる。
殿方が一人でするところを見るのは、勿論初めてだったし、信長様のその姿は想像もしていなかった。
(やっぱり、我慢させてしまってたのかな……)