第87章 向日葵の恋
「っ…好きなんだっ…千鶴、お前が好きだ。いくら困ってる女がいたって、お前じゃなきゃ、夫婦になろう、なんて言わない。俺は…お前じゃなきゃダメなんだっ!」
「っ………」
「御館様がなんと言われようと、俺がお前を守るよ。他の男の嫁になんて絶対にやらない。千鶴、お前は俺のもんだ」
「秀吉様っ…!」
離れない、そう言うかのように互いに強く抱き締め合う。
涙に濡れる千鶴の頬に、秀吉の唇が優しく触れる。
雫を掬い取るように舌先を何度も往復させてから、柔らかな唇同士が重なり合った。
地面に写る二人の影も深く重なり合って、やがて甘やかな色に染まりながら一つに溶け合っていった。
馬を飛ばし、二人が大坂城へ帰り着いた頃には、既に陽が落ち、宵闇が迫りつつあった。
夕餉の刻限も過ぎ、信長は既に天主に戻っているとのことであったが、今日の内にどうしても許しを請いたくて、秀吉は千鶴を伴って天主へと向かう。
「あの、秀吉様っ…やっぱり、私…」
千鶴は、秀吉が信長の怒りを買うのではないかと気が気ではなく、やはりこんな無茶はやめておけばよかったと、城へ帰り着いてからもずっと、そればかり思っていた。
「心配するな、千鶴。大丈夫だ。俺に任せてくれ。………御館様、秀吉です。遅くに失礼致します。入っても宜しいでしょうか?」
天主の入り口で声をかけると、ややあってから、いつもの威厳たっぷりの御館様の声が聞こえた。
「……構わん、入れ」
「はっ…」
そっと襖を開けて秀吉が室内に足を踏み入れると、盃を片手にゆったりと脇息に凭れる信長と、その傍らに寄り添う朱里の姿があった。
「お寛ぎのところ申し訳ございません、御館様。千鶴の縁談の件でお願いがございます。千鶴は…安土には返しません。俺が、千鶴を嫁に貰います。だから、縁談の件はお断り願います」
千鶴とともに深く頭を垂れ、意を決して話を切り出した俺の頭の上で、さも愉快そうに声を立てて笑う御館様の笑い声が響く。
「くくっ…秀吉、貴様、ようやく素直になりおったな」
「………は?」
叱責される覚悟でいた秀吉は、思いも寄らぬ信長の反応に戸惑う。
「あ、あの、御館様?」
「全く…手間をかけさせおって」
「御館様っ…もしかして…」
ニヤリと笑う信長とは正反対に、秀吉はくしゃりと顔を歪める。