第87章 向日葵の恋
大坂城下を抜け、安土を目指して歩く千鶴の足取りは重かった。
そもそも城を出る段階で、千鶴の心持ちは憂鬱極まりなかった。
(姫様っ…お許し下さい)
城を出る時に見た結華の泣き顔が、頭から離れない。
黙って城を出ようかとも思ったが、もう会えないかもしれない、姫様の愛らしいお姿を最後に目に焼き付けておきたい、という欲が出てしまい、お別れの挨拶をしたのだ。
けれど、あんなにも悲しませてしまうなんて…姫様に申し訳ないことをしてしまったし、私自身も酷く後味が悪かった。
大切な姫様を泣かせてしまった罪悪感と、意に沿わぬ旅に対する憂鬱な心持ちとで、安土へと続く街道を歩む千鶴の足は、鉛のように重くなっていった。
それでも先へ進み今宵の宿まで辿り着かねば、女の身で野宿など出来ようはずもない。
馬を飛ばせば安土へはすぐだが、女の足では日数がかかるのだ。
気が進まぬ旅とはいえ、御館様の御命令には従わねばならない。
「はぁ……」
夏真っ盛りの陽射しはきつく、ジリジリと地面が焼けるような暑さに、千鶴の額からは汗が滴り落ちる。
流れる汗を手拭いで拭いながらも、暑さで体力を奪われた身体ではなかなか足が進まなかった。
『ち……る……っ!』
(………え?)
風に乗って微かに聞こえた声に、思わず立ち止まる。
が、暑さで朦朧となってきていた為、幻聴が聞こえたのかと思い直して再び歩き始めると、今度ははっきりと馬の蹄の音までも聞こえてきた。
「千鶴ーーっ!」
「っ…秀吉様っ!?」
街道を真っ直ぐに馬を駆けさせて近付いて来る秀吉は、翡翠色の羽織を風に靡かせ、輝く太陽を背にしていて、あまりにも眩しかった。
「はぁはぁ…千鶴っ、よかった…間に合って…」
城から馬を早駆けさせてきたのであろう秀吉は、馬上で荒く息を吐いている。
戸惑う千鶴の目の前で馬から降りた秀吉は、整わぬ息のまま、千鶴の背に腕を回し、ぎゅうっと抱き締めた。
「っ…秀吉様っ、何を……」
息が止まるほどに強く抱き竦められて、秀吉の逞しい腕の中で千鶴の胸は激しく高鳴っていた。