第87章 向日葵の恋
昼下がり、秀吉は結華の部屋へと向かっていた。
午前中、城下の見回りに出たついでに、土産にと買い求めた甘味を手に、足取りも軽く廊下を歩く秀吉の顔は緩んでいた。
(結華様、喜んで下さるだろうか。あぁ…早くあの花が綻ぶような笑顔が見たい。千鶴とも、久しぶりにゆっくり話ができるといいが…)
このところ、何かと周りが騒がしいような気がして、以前のように千鶴と親しく話をする時間がなかった。
午後は御館様のご政務も少ない今日こそは、己のこの落ち着かない気持ちの正体を確かめたいと、秘かに思っていたのだが………
『うわぁぁん…』
突如聞こえてきた大きな泣き声に、秀吉は息を飲み、慌てて駆け出した。
「結華様っ…」
勢いよく襖を開けて呼びかけると、畳の上に座り込み、膝を抱えて泣きじゃくる結華の姿が目に飛び込んでくる。
あまりの光景に、驚きで、持っていた甘味の包みを危うく取り落としそうになった。
「っ……ひでよし??」
「結華様っ…どうなさったのです!?な、何があったのですか?」
「っ…くっ…ひでよしぃ、ちづるが…ちづるがいなくなっちゃったぁ…うわぁぁん…」
愛らしい深紅の瞳から零れ落ちる大粒の涙が、次々に頬を伝っていく。
涙でグシャグシャになった顔を拭うこともせず、泣きじゃくる結華を前に、どうしていいか分からずオロオロしてしまう。
こんな風に泣く結華を見るのは初めてで、秀吉自身戸惑っていた。
(……千鶴がいなくなったって…どういうことだ!?)
「結華様っ、どういうことですか?千鶴がいなくなったって…一体何があったのですか?」
「っ…うっ、くっ…千鶴、安土のお家に帰っちゃったの。お見合いするって言ってた…お嫁に行っちゃったら、もう結華と一緒にいてくれないんだよ…そんなのやだぁ…」
「っ…お見合いって…嫁に行くって…嘘だろ…」
思いも寄らなかった。千鶴に縁談なんて、いなくなるなんて、予想もしてなかった馬鹿な自分に腹が立って仕方がなかった。
「秀吉っ、お願い!千鶴を連れ戻してっ…父上にお願いしてっ!千鶴をお嫁にやらないで…どこにも連れて行かないでって…結華、もっといい子になるからぁ…」
「結華様っ…」
興奮して泣きじゃくる結華を、ぎゅっと抱き締めて落ち着かせながら、秀吉もまた、自分自身の揺れる心を落ち着かせようと必死だった。