第87章 向日葵の恋
「御館様っ、千鶴っ!」
千鶴が目を瞑った瞬間、勢いよく襖が開く音がして、上擦った声で叫びながら秀吉が飛び込んできた。
(来おったな、猿め)
信長は、目を瞑った千鶴に鼻先が触れそうな距離まで顔を近づけながら、心の中でほくそ笑んでいた。
「御館様っ!一体何をなさって…お戯れもほどほどに願います!こ、こんな、二人きりで…千鶴に何を…」
「見て分からんのか?まつ毛を払ってやっていたのだ」
「まつ毛……ですか?」
涼しい顔をして言い放つ信長に、秀吉は開いた口が塞がらない。
身体から一気に力が抜けていく気がした。
「そうだ、まつ毛だ。くくっ…貴様、一体何を勘違いしておる?」
「っ…いえ、何でもありません。失礼致しました。御館様、そろそろご政務にお戻り願います」
「くくっ…素直になれん奴だな、貴様は」
「……何を仰っているのか、分かりかねます」
苦々しい顔をして無愛想に言う秀吉に対して、信長は至極楽しそうに声を立てて笑う。
面白い遊びを見つけた子供のような、信長のその無邪気な笑顔に、千鶴は戸惑いながらも、不機嫌を露わにする秀吉を心配そうに見つめるのだった。
そのまた次の日、秀吉は厨に向かっていた。
『新作の菓子が出来たから信長様に持っていってくれ』と政宗に呼ばれ、政務の休憩時間に取りに来たのだった。
「おっ、上手い上手い、千鶴、お前、なかなか筋がいいな」
(ん?今、千鶴って言ったか…?政宗の声…だよな)
厨の中から聞こえてきた声に、思わず敏感に反応してしまう。
やましいことなどないというのに、隠れるようにして厨の入り口からそっと中を覗いた。
「んっ、政宗様…硬いですっ」
「ほら、一緒に手添えてやるから…そうだ、強く握ってろ」
「あっ、んんっ…」
(な、何だ何だ…二人して何してるんだっ…)
秀吉のところからは二人の背中しか見えず、政宗はどうやら千鶴の背後から腕を回しているようで…秀吉には背中から千鶴を抱き締めているようにしか見えなかった。
「んーっ、あぁ!」
「政宗っ、千鶴っ!お前ら、何やって…」
千鶴の悩ましげな声に、秀吉は堪らず入り口の戸を勢いよく開いて声を荒げる。
「………秀吉様?」
「あれぇ、秀吉、どうしたの〜?」
(…………へ?)