第87章 向日葵の恋
「……結華様?え? ええっ!?」
政宗、千鶴、そして…結華の視線を一斉に浴びて、秀吉は状況を飲み込めず目を白黒させる。
「お前ら、一体何してるんだ??」
「見て分かんねぇのかよ、結華と千鶴に料理教えてるんだよ」
「は?料理……」
よく見れば、千鶴は政宗に背後から手を添えてもらいながら、硬そうな南瓜に包丁を入れているところであり、結華はその前で、小さな手で茄子を切っているところであった。
「あ、危のうございます、結華様っ!政宗っ、お前、結華様に刃物なんて持たせて…怪我でもなさったらどうするんだ!」
(チッ…秀吉のやつ、そっちの心配かよ…そうじゃないだろ…)
「大丈夫だって。俺が教えるんだから心配ない。結華は母上みたいな料理上手になりたいんだよなー。小さいうちから練習するなんて偉いぞー」
「うん!これ、父上に今日の夕餉で食べてもらうんだよ。ね、千鶴?」
「はい、姫様。お父上様もきっと驚かれますよ」
ニッコリと優しく笑いかける千鶴の笑顔と、嬉しそうな結華の姿を見ると、それ以上咎めることもできなくなる秀吉だった。
一方の政宗は、慌てふためいた様子で入ってきた秀吉にニンマリしたのだが、続けて結華の心配をし始めた秀吉に、内心当てが外れた思いだった。
(秀吉に妬かせなきゃ意味がねぇんだけどな…仕方ねぇな、もう少し煽ってやるか…)
「……千鶴、髪、乱れてるぞ」
「え?っ…あっ…」
真剣な顔でまな板に向かっていた千鶴の横髪が顔に落ち掛かっているのを、政宗は手を伸ばし、そっと掬い取って、ゆっくりとした動作で耳に掛けてやる。
指先でさり気なく頬をするりと撫でると、千鶴の顔にさっと赤みが差したのが傍目にも分かった。
「政宗…さま…?」
「っ…政宗っ!」
政宗を静止すべく、思わず一歩前に出た秀吉だったが…思い直したようにその場で立ち止まる。
「……何だ?どうした、秀吉?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる政宗に対して、秀吉は苦々しげな顔をするばかりだった。
「っ……何でもない…。御館様へお持ちする菓子は、これか?なら頂いていくぞ。邪魔したな、政宗。結華様、頑張って下さいね。父上様もきっとお喜びになりますよ」
早口で捲し立てるように言うと、目にも美しい菓子の乗った盆を引ったくるようにして持ち、秀吉は逃げるようにして厨を後にしたのだった。