第87章 向日葵の恋
昼下がり、今日も今日とて茹だるような暑さに辟易しながらも、私は結華の部屋を訪れていた。
(あぁ、暑いっ…もう、毎日浴衣を着ていたいぐらいだわ)
額に浮いた汗を手拭いで拭ってから襖を開けると、奥から千鶴が顔を見せる。
「これは奥方様、どうかなさいましたか?あの、姫様はただ今、手習いのお稽古に行かれておりますが…」
「ええ、知ってるわ。今日は少し、千鶴とゆっくり話をしたいと思って来たのよ」
「話、ですか?私と?」
ニッコリ微笑む私とは対照的に、千鶴は戸惑ったように視線が揺れている。
私がこんな風に千鶴と二人きりで話をすることなど、これまでになかったから戸惑うのも当然だ。
「千鶴には本当に感謝してるの。千鶴がいてくれたおかげで、私は結華をここまで育てられたわ。いつも本当にありがとう」
「お、奥方様っ…そのように畏れ多いこと…勿体のうございます。でも、あのぅ…急にどうなさったのですか?」
「あ、うん…その、千鶴には結華が産まれてからずっと城仕えをしてもらってるから…ええっと、千鶴ももう年頃じゃない?そろそろ、そのっ…いい人とか、いないのかな?って……」
「えっ?」
(ああ、もぅ…上手く聞けないよっ…『さり気なく探りを入れよ』なんて、信長様ったら、無茶なことばっかり言うんだもん…)
「いや、あの、好きな人とかいるんだったら、遠慮なく言ってほしいと思って。結華の乳母っていう立場だと、お嫁入りもなかなか難しいかなぁ、なんて……」
「よ、嫁入り!?そんなこと、考えたこともございませんでした。私は一生、姫様にお仕え致そうと…御館様に城へ召された時からずっと、そう思っておりました」
「ええっ…そんな…遠慮しないでいいんだよ?結華への忠義はありがたいけど、私は千鶴にはいずれは好きな人と結ばれて欲しいって思ってるよ。千鶴は今、好きな人はいないの?」
「好きな人、ですか?」
急に、ぽっと顔を赤らめて俯いてしまった千鶴を見ながら、私は昨夜の信長様の言葉を思い出していた。
『いいか、朱里。千鶴が秀吉のことをどう思っておるのか、貴様がさり気なく探れ。俺の見立てでは、彼奴らは互いに想い合っているはずだが、双方ともそれに気付いておらんようだ。全く、面倒な奴らよ。いいか、さり気なく、だぞ?』