第87章 向日葵の恋
急に黙ってしまった秀吉に、武将達は顔を見合わせる。
信長の前で、こんな煮え切らない態度を見せるなど、秀吉にしては珍しいことだった。
らしからぬ様子の秀吉に対して、信長もそれ以上は聞くことをせずその場は解散となった。
各々、広間を出て行くが、信長は最後になった光秀を徐に呼び止めた。
「光秀、あれをどう見る?」
呼び止められた光秀は、さして意外そうでもなく、ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「そうですな…脈ありですが、本人に未だ自覚なし、といったところでしょうか…くくっ、あの世話焼き男が、自分のことには案外鈍感なようで」
「ふっ…ならば我らが策を練ってやらねばならんな。くっ…面白くなりそうだ」
「御館様もお人が悪い…」
「人聞きの悪いことを言うでない。これは人助けだ」
ニヤニヤと愉しげに悪戯っぽい笑みを浮かべる信長に、光秀もまた口角を緩めていたが、ふと真面目な顔になる。
「ところで…肝心の千鶴の方はどうなのでしょう?よもや、千鶴にはその気がなく、秀吉の片恋ということになりますと、少々厄介ですな」
「なるほどな…秀吉を嫌う女子はおらぬゆえ、当然、千鶴もそうなのだろうと思い込んでおったが、確かにそうだな。そこのところは、はっきりさせておかねばならん。ならば、それはこちらで確認するとしよう」
(まぁ…俺の見たところ、千鶴も秀吉を憎からず想っておるはずだが…)
あの祭りの夜、信長は秘かに二人の様子を見ていた。
朱里と戯れながらも、結華のことも気掛かりであったため、常に目線の端に入れていたのだった。
(秀吉を見る千鶴のあの熱の籠った目は、好いた男を見る目だった。まぁ、当の本人は気付きもしていない様子だったが…。彼奴はどうも、自分の事には不器用過ぎる)
人一倍忠義心が厚く、俺のためならば、彼奴は容易く自分の命も捨てるだろう。
頼もしい右腕だが、同時に危うさも併せ持つ男だ。
守るべき大事な女ができれば、彼奴も少しは自分を大切にするようになるだろう。
朱里が俺に変化をもたらしたように……
忠臣の生真面目過ぎる顔を思い浮かべる信長の顔は、魔王と呼ばれるには程遠いほど、穏やかで優しげなものだった。