第87章 向日葵の恋
その日の夜
「結華、城下はどうであった?楽しめたか?」
天主でいつものように親子水入らずで夕餉を食べながら、信長は傍らの結華に今日の出来事を尋ねる。
「はいっ!すっごく楽しかったです!お団子も食べられたし…父上にお土産もあるよ。はい、どうぞ!」
そう言って取り出したのは、金平糖の入った小瓶だった。
青色や緑色といった夏らしい色合いの、小さな星の欠片のような金平糖が入っている。
行燈の灯りに照らされてキラキラと輝く様子が、目にも美しい。
「金平糖か、これは嬉しい土産だな。だが…よく秀吉が許したな」
「結華がお願いしたら、買ってくれたよ!」
「くっ……」
「信長様、笑ったら秀吉さんが気の毒ですよ……」
結華に可愛く強請られて、苦渋に満ちた顔をしながら金平糖を買い求める秀吉の顔が目に浮かび、緩む口元が抑えられない。
せっかくの土産だ、ありがたく頂いておこう。
「父の言いつけは、きちんと守れたか?」
「はい!秀吉と千鶴の言うこと、ちゃんと聞いて、いい子にしたよ。二人もすっごく仲良しだった!」
「は?」
「秀吉と千鶴ねぇ、父上と母上みたいに仲良しだったよ!(三人で)手繋いだんだよ!」
「…………どういうことだ、朱里?」
「ええっ…し、知りませんよ、私は。二人は、普段から結華のことではよく話をしてるみたいですけど…」
「ほぅ…」
信長は意味深な笑みを口元に浮かべ、何事か思案するような顔になる。
(秀吉と千鶴か…くくっ…これは面白いことになりそうだな)
人たらしと言われ、女子達からの人気も高い秀吉だが、皆に公平に優しいため、信長の知る限り、特定の恋仲の女はいないはずだった。
何度か公家や大名家からの縁談話も持ちかけたが、本人には全くその気がないようで、全て断ってくるのだ。
その秀吉が、千鶴と親しくしているとは……全くもって興味深い。
一体、二人はどこまでの仲なのだろう。
これは早急に事実確認をしなければ、と思いつつ、信長は逸る心を悟られぬよう平静を装う。
(早速、明日の朝一番に探りを入れてみるか……)