第87章 向日葵の恋
ニッコリと花が綻ぶような笑顔を見せる結華のあまりの可愛らしさに、秀吉は心の中で身悶える。
(うぅ…結華様っ…なんと愛らしいことを言って下さるんだ…)
「くっ…(幸せ過ぎるっ…)」
「あっ、このお店、見てもいい?」
感動に打ちひしがれる秀吉をよそに、結華はもう、店先の品物に目を奪われている。
「あー、その、千鶴も、ゴメンな」
「えっ?何がですか?」
「いや…俺なんかと夫婦に間違われちまって、悪かったな、と思ってさ」
年頃の千鶴が、自分のような者と変な噂になって、傷ついていないかと少し心配だった。
何故かは分からないが、千鶴がどう思ったのかがひどく気になって仕方がなかった。
(何なんだろうな…昨日の夜からずっと変な気分だ。千鶴を見てると落ち着かないっていうか…今までそんなことなかったのにな)
千鶴のことは、乳母として城に上がった時から、気立ての良い、いい子だと思っていた。
結華様の世話を焼く内に、乳母である千鶴とも会う機会が増え、自然と親しく話をする仲にはなっていたのだが、一緒にいてこんな風に落ち着かない気持ちになることなど、これまでなかったのだ。
(落ち着かないけど、嫌な気分じゃない。ふわふわした変な気分なだけで…)
「い、いえ、そんな…秀吉様こそ、ご迷惑ですよね……秀吉様はお優しくて…町の娘達にも人気が高いと聞いています。城仕えの女子達にも、秀吉様をお慕いしている者は多いのですよ」
少し儚げな笑顔を見せる千鶴を見てしまい、どうしようもなく胸の鼓動が騒ぎ出す。
「………千鶴は?」
「………え?」
気が付いたら、無意識に聞いてしまっていた。
「千鶴は、俺のこと……」
「千鶴っ、見て〜、これ、キラキラしててすっごく綺麗なの」
はしゃいだ結華の声に、ハッとなって口を噤むと、言いかけた言葉を喉の奥へと慌てて追いやった。
(っ…俺は何を…聞いてるんだ…)
何事か言いかけた俺に気遣わしげな目を向ける千鶴へ、曖昧な微笑を浮かべてその場を誤魔化すと、結華の傍へと急いで駆け寄る千鶴を所在なげに見守る。
秀吉は意味も分からず揺れる自分の心を持て余していた。