第87章 向日葵の恋
「秀吉、千鶴っ…早く早くっ…」
「結華様、走られてはいけません…転びますよっ!」
城門を出た途端、待ちきれないように足を速める結華の後を、秀吉と千鶴は慌てて追いかける。
こういう行動的なところは御館様によく似ておられるな、と秀吉は秘かに思う。
信長はいつも行動が早く、時に家臣達がついていけないこともある。
ただし、思い立ってすぐ無鉄砲に動いているわけではない。行動に移すまでに、予めあらゆることを想定し、熟考に熟考を重ねた上で動いているのだが、それを周りに感じさせないのだ。
信長に仕え始めた当初はそれが分からず、予想外の行動に随分と振り回されたものだが、最近では主君の考えを先読みして備える術も身に付けられたと自負している。
(御館様以上に魅力的な主君はいない。あの御方は、俺が一生かけてお仕えすべき御方だ)
「姫様っ…お待ち下さい…お父上様のお言いつけを、もうお忘れですかっ?」
今にも走り出そうとしていた結華の背に、千鶴は毅然と静止をかける。
それを聞いた結華の足はピタリと止まり、決まりの悪そうな顔で振り向いた。
『秀吉と千鶴の傍を決して離れてはいけない。二人の言うことは必ず守ること』
出掛ける前に、信長が結華に約束させたことだ。
この約束を破ったら、その時点で外出は中止だ、とも言い含めていたため、結華は渋々ながら二人の方へ戻ってきた。
「……じゃあ、二人とも、手、繋いで?」
「……へ?」
「ま、まぁ、姫様っ…?」
戸惑う二人の手を取って、その真ん中に収まった結華は、ご機嫌な様子で歩き始める。
その様子はまるで、本物の親子のようで……
「これは秀吉様、おや…いつの間に奥方様を迎えられたのですか??」
「隅に置けませんなぁ…こんなに大きな御子がおられたとは」
「ば、馬鹿っ…お前達、勘違いしてるぞ!畏れ多い…こちらは信長様の姫様だっ!」
「えっ、えええっ…」
安土とは違い、ここ大坂城下ではまだ結華の顔を覚えていない町の者も多いようだ。その者らには三人が仲睦まじい親子に見えたらしく…秀吉は声をかけられるたびに恐縮しきりで、誤解を解くのに必死だった。
「まったく…結華様と俺を親子だと思うなど、勘違いも甚だしいぞ」
「ふふ…今日は二人が父上と母上の代わりなんだから、いいよ。結華は、秀吉のことも千鶴のことも大好きだよ!」