第87章 向日葵の恋
やたらと駄々をこねる結華を、物珍しそうに見ていた信長だったが、やがて、ニヤリと笑ってこう囁いた。
「……結華、今すぐ起きて朝餉を済ませたら……今日は城下へ行ってもよいぞ」
「……ほんと!?父上、ほんとに行ってもいいの?」
ガバッと勢いよく身を起こした結華は、キラキラする目で信長を見る。
(やっぱり甘いっ!信長様っ…)
「あ、あの、信長様?結華を一人で城下へ、など…」
私はお腹の子の為、外出は出来ないし、信長様はこの後はご政務があるから、結華を城下へ連れて行ってやる時間などないはずだ。
「分かっている。千鶴、秀吉、貴様ら二人で連れて行ってやれ」
「……は?あ、あの、俺は御館様との政務が…」
結華の様子を心配そうに見ていた秀吉だったが、いきなり自分に話が降ってきて慌てる。
「政務など、貴様がおらずとも出来る。さっさと支度をしてこい」
「は、はぁ…」
(御館様は、一度口にしたことは絶対に覆されない御方だからな。まったく…思いつきで言われては困る…結華様が嬉しそうだから、まぁ仕方ないけど)
先程までの眠そうな様子が嘘のように、元気に起き出した結華を信長は勢いよく抱き上げる。
「父上っ、大好きっ!」
信長の首に腕を回し、ぎゅうっと抱きつく結華を愛おしそうに腕の中に包み込む信長の顔は、先程の軍議の席で見せた厳しい顔とは打って変わって優しげなものだった。
(御館様は、結華様にはとびきり甘くていらっしゃる。このような顔をなさる御館様を、お傍で見られる日が来ようとは、思いもしなかったな…)
父と娘の仲睦まじい様子を暖かく見守りながら、秀吉は自分のことのように嬉しくなるのだった。