第87章 向日葵の恋
けれど、私が初めての育児に戸惑い、日々疲れていく様子を、見るに見かねた信長様は、結華の世話係兼教育係として、家臣の娘の中から自ら千鶴を選び、召し抱えられたのだった。
信長様がご自身で選ばれただけあって、千鶴は頭も良くてよく気が利く、気立ての良い女子で、結華も千鶴にはよく懐いていたし、何より私も信頼を寄せていた。
(千鶴はいつもよくやってくれているのに……困らせちゃダメだわ)
「ごめんね、千鶴。結華は、私が起こすわね」
恐縮する千鶴を宥めてから、寝所の方へと歩きかけたのだが……
「朱里!」
いきなり部屋の入り口から呼びかけられて振り向くと、そこには信長様と秀吉さんが立っていた。
「信長様っ…どうなさったのですか?秀吉さんも…」
信長様が何故こんなところに?と慌てて駆け寄った私に対して、信長様はふわりと優しい笑みを返してくれる。
「先程、朝の軍議が終わったところだ。珍しく結華がまだ起きておらんと聞いたのでな…執務室に行く前に様子を見に来た」
「信長様……」
「昨夜は随分と、はしゃいでおったからな。疲れたのであろう。今から起こすところか?」
「はい…」
「ならば、俺が起こしてやろう」
「………え?」
驚く私の横を、するりとすり抜けた信長様は、私が止める間もなく、もう寝所の襖を開けていた。
「結華っ、起きよ!もう朝だぞ」
「…………」
「結華?」
布団に包まり反応のない結華に近づいた信長様は、一瞬何事か思案した後、掛布の端を掴むとガバッと一気に捲り上げた。
(の、信長様!?そんな乱暴な……)
いつもは結華に甘い信長様の、予想外に乱暴な起こし方に少し慌ててしまう。
「う〜ん…やだ、まだ寝るの…」
急に布団を剥ぎ取られた結華は、猫のように小さく丸まりながら、不機嫌そうな声を上げるが、頑として目を開けようとしない。
「結華、我が儘を言って皆を困らせるでない。早う起きて朝餉を食べよ。厨の者も困っておるぞ?」
「んー、やだぁ…いらない…」
結華は、敷布に顔を伏せ、ますます小さく丸まろうとする。
歳の割にしっかりした子で、普段はこんな我が儘など言うことはないのだが、今朝はよほど眠いのだろうか……大好きな父上の言葉も耳に入らないようだ。
(困ったな、信長様の言うことも聞かないなんて…)