第87章 向日葵の恋
祭りの日の翌朝
すっかり朝日が昇り、室内が気温が上がって蒸し暑くなり始めた頃
、いつまで経っても起きてこない結華に、痺れを切らした私は、結華の部屋を訪れていた。
(昨日は遅くまでお祭りを楽しんで、夜更かししちゃったからなぁ。まだもう少し寝かせてやりたいけど…あんまり甘やかしちゃダメだしなぁ)
初めての船と楽しい祭りの雰囲気に、終始はしゃいでいた結華は、城に戻って湯浴みを済ませると、疲れていたのか、あっという間に眠ってしまった。
結華が眠りにつくのを、信長様と二人で微笑ましく見守ってから、私はいつものように信長様の腕に抱かれて天主に上がったのだけれど……祭りの雰囲気に開放的な気分にでもなっておられたのか、いつも以上に信長様の密着度合が増していたのだ。
(千鶴に見られちゃって、ちょっと恥ずかしかったな…)
信長様は、人目など一向に気になさらない方だから、誰に見られても堂々となさっているけれど…私的には、娘の乳母に見られるのは些か恥ずかしいものがあった。
「結華?」
呼びかけて、結華の部屋の襖をそっと開けてみるが、室内は静かだった。
「……これは…奥方様!?」
部屋の奥から慌てた様子で出てきた千鶴は、私の姿を見て恐縮したように平伏する。
「千鶴、結華は?まだ寝てるのかな?」
「も、申し訳ございません。今朝はなかなか寝間から出てこられなくて…」
困ったように眉尻を下げる千鶴を少し気の毒に思いながらも、ここは母として毅然とした態度で臨まねば、とも思う。
「もう朝日も昇っているし、そろそろ起こさなくてはね。千鶴にしては珍しいね、いつもなら決まった時間に、結華を起こしてくれているでしょう?今朝は…どうかした?」
「申し訳ございません、奥方様。いつもの時間にお声はおかけしたのですが、昨夜の夜更かしのせいか、姫様ったら、いつまでも布団の中でゴロゴロなさって、起きて下さらなくて…」
悩ましげな顔をして俯く千鶴に、何だかこちらが申し訳なくなってくる。
千鶴は、結華の乳母として赤子の時から仕えてくれている。
乳母とは、通常は家臣の妻女で同じ頃に子を産んだ者の中から選ばれるのが普通だが、千鶴はそうではなかった。
結華を自分の乳で育てたいという私の願いを、信長様は聞き入れて下さり、最初、乳母を選ぶことはなさらなかったのだ。