第86章 真夏の船祭り
朱里と信長が、桟敷席で船渡御を愉しんでいる間、結華は船上に設えられた様々な祭り屋台を嬉々として見て回っていた。
今年の秋には帯解きの儀も予定されており、六歳になって随分としっかりしてきた結華だったが、今宵は無邪気な子供そのもので、初めて乗った船にも興奮しきりだった。
「千鶴っ、あれは何?すごく美味しそうな匂いがするね!あっ、あっちに飴細工が売ってるよ!ね、見に行こうよ!」
「まぁ、姫様、船の上で走ってはいけません。危のうございますよ」
千鶴の手を引いて、あっちの屋台、こっちの屋台と好奇心いっぱいで覗き込む結華の後ろを歩きながら、秀吉は頬を緩めて見守っていた。
御館様が、朱里と結華のためにと船上に特別に設えられた屋台は、予想以上に二人を楽しませているようだった。
何気なく桟敷席に目を向けると、仲睦まじく寄り添い合う信長と朱里の姿が見られて、ふわりと胸の内が温かくなる。
(いつまでも睦まじいことだ。朱里の体調も落ち着いてるみたいで良かった)
「秀吉ーっ、これ見て!すっごく可愛いの」
華やいだ声に呼ばれて、ハッと目を向けると、飴細工の屋台を覗いていた結華が、可愛らしいウサギの形の飴細工を握り締め、こちらを見て笑っていた。
(うぉっ…何と可愛らしいんだ、結華様っ…)
結華の愛らしい笑顔に、激しく心の臓を揺さぶられながらも、いそいそと傍に寄っていった。
「可愛らしいウサギですね(それを持ってる結華様の方が、数倍可愛いけどな……)買いますか?」
「うんっ!」
「他には欲しいものはございませんか?この鳥の形のも可愛いですよ?千鶴は?どれがいい?」
「えっ!?いえ、私は……」
秀吉が自分にも聞いてくるとは思っていなかった千鶴は、いきなりのことに慌ててしまう。
「いいじゃない、千鶴も一緒に買ってもらおうよっ!」
「そ、そんな…畏れ多いこと。申し訳ないです、秀吉様」
恥ずかしそうに俯く千鶴の肩に、ぽんっと優しく手を置くと、秀吉は屈託のない笑顔を二人に向ける。
「そんなこと気にするな。せっかくの御館様の計らいだ。千鶴も今日は楽しんでくれ。いつも結華様によく仕えてくれてありがとな」
「っ…秀吉様っ…」