第86章 真夏の船祭り
船団は大川をゆっくりと北上し、飛翔橋の手前で折り返し、船着場へ戻る行程となっている。
半分ほどに来た時、いよいよ奉納花火の打ち上げが始まった。
ードオォン!バラバラッ…
「っ…わぁ!」
大きな打ち上げ音に夜空を見上げると、暗闇にぱぁっと大輪の花が咲く。
花火が夜空を彩るたびに、水面にも鮮やかな色が映り、辺りは幻想的な雰囲気に包まれる。
「はぁ…綺麗っ…」
次々に打ち上げられる趣向を凝らした花火に釘づけになり、時を忘れて見入ってしまう。
「ふっ…貴様はまたそのように…子供みたいに、はしゃぎおって」
隣で盃を傾けておられた信長様は、何故か夜空ではなく私を見ている。
「やっ、私じゃなくて花火を見て下さい、信長様。あんなに綺麗なのに…」
「くくっ…貴様の方が綺麗だ、朱里」
妖艶な流し目とともに、私の方へと伸ばされた大きな手が、頬をするりと撫でていく。
触れられたところから熱が広がるように、かぁっと顔が熱くなっていった。
「っ……」
船がゆっくりと進む中、ドオォンドオォンという大きな花火の音が近付いてきていたが、信長様の熱っぽい視線に囚われてしまった私には、どこか遠くの音にしか聞こえなかった。
「信長さま…あの…」
「ん?」
頬を包まれたまま目を逸らすことも許されず戸惑う私に対して、信長様はどこまでも余裕の表情だ。
唇の形を確かめるように、ゆっくりと指でなぞられて、擽ったさに身体の奥が震えてしまう。
(っ…擽ったい、けど…気持ちいいっ…)
「やっ…もぅ…本当にダメっ…見られちゃう、から…」
「誰も見ておらん。皆、花火に夢中で上ばかり向いておるわ」
「で、でも……」
「……もう黙れ」
ーちゅっ ちゅうぅ…
「んっ…ん…あっ…」
ぐいっと頭を引き寄せられたかと思うと、あっという間に唇が塞がれていた。
それと同時に、続けざまにバラバラと無数の花火が打ち上げられ、星のような火の粉が夜空をキラキラと舞い落ちる。
わぁーっという大きな歓声が、彼方此方で上がっているのを聞きながら、与えられる熱情に身も心も溶かされていった私は、愛しい人の腕の中にその身を委ねたのだった。